8:猫の記憶-中編-




異変に気づいたのは、アジト内の見回りをしていた時だった。




或る部屋の前を通り掛かった時、俺はその扉に微かな違和感を感じた。
部屋は空き部屋の筈だった。
それなのに内に籠る充実感とでも言えばいいのか、使用中の住居さながらに人間でも居るような気配がしたのだ。
中を覗いてみると、椅子に机、ベッドが、知らぬ間に運び込まれていた。
机には本が並び、ベッドには寝具が揃う。
壁には幾つかハンガーがぶら下がり、その一つに、部屋の主の物と思われる外套が掛けてあった。

誰かがこの部屋を使っているらしい。
そんな報告は受けていなかった。


…奇妙だ。

机の隅の小さな空き瓶に花が挿してある。
壁に掛かる手製のハンガーといい、異様にまめで生温い。
指数本で掴める透明な硝子瓶を手にすると、同じ大きさの小花が三つ巴の様にきっちりと円い淵に収まっていた。
表情の内に「うえ、」と漏らして床に転がす。
とろりとした水が、細い茎の散開する間から流れ出た。




気持ち悪い。
連れ込んだ人間共にこんな自適さを許した覚えはない。

状態からすれば部屋は「現在使用中」だ。
一方でそれらしい奴は見掛けていない。
使えそうな人間の内の誰を連れてきたのかも見当がつかなかった。
じろじろと室内を見回している内、単調な壁へ再び目をやった。
吊るされた外套の、袖にするりと触れる。



「女物…」

見上げてそう呟くと、深まる謎に益々顔を顰めた。

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