7:猫の記憶-前編-



明るさに欠けた室内には重厚な檻が連なり、獣達は骨に残る肉を漁っている。
犬や猫のような、あるいは人のような影が蠢いていた。

部屋の扉が開くと彼等は一斉に首を持ち上げ、一様に同じ方向を向く。
靴音はケージのそばを通り過ぎ、軍服姿の短い髪をした男が奥へ進んで行く。


「ご苦労様。調子はどうかしら」

檻の一つに腰掛け、ラストは慣れた様子で長い脚を組んでいた。
悠々と笑んでいた男は僅かな光を伴ってその容姿を消失させる。
すぐに見慣れた腕や足がラストの前に現れた。


「どうもこうも、この通り」

エンヴィーは軽く両腕を広げてみせた。

「だけどまさか再生出来なくなるほど消耗するとはね」

不満そうな面持ちで手の平と甲とを返して観察する。
もうその身体の何処にも損傷は見受けられなかった。


「にしてもこの間は残念だったよ。まんまと標的に逃げられてさ」

「あの爆発じゃ仕方ないわ。やった本人もただでは済まなかったはずよ」

「そりゃそうだけどさぁ。二人揃って出向いてあのざまは頂けないよね」

軽く肩を竦めるエンヴィーの顔を眺め、ラストは僅かに目を細めた。
彼女の反応の薄さに、彼はきょとんとして返らない返答を待つ。
紅い瞳に映る目は不思議そうに数度瞬く。


「どうしたのさ」

「いいえ、ちょっと考え事をしていただけ」

「考え事だって?どんな」

鼻先で笑って訝しむエンヴィーだったが、ラストは微笑むばかりだった。
一頻り黙ると、エンヴィーは興味を失ったのか出口の方を向いた。


「あら、もう行くの」

「鋼のおチビさんがセントラル入りしたって聞いたから、様子見」

彼が来た道を引き返そうとすると、獣達はまた視線を送る。
連なる格子の内から届かない手を伸ばす者も居た。
澱みなく檻の間をすり抜け、エンヴィーは扉に手を掛ける。
しかしその場で立ち止まったかと思うと、振り向きざまの長い髪が揺れて流れた。
光の乏しさを置き去りにして二人の視線が交わる。



短くはない沈黙だった。
ラストは、より彼に注意を払うように顔を上げる。
互いに慣れ親しんでいる空気が僅かにひずんでいる。

なんとなくなんだけど、とエンヴィーは前置きをした。



「どうも落ち着かないんだよね」

最近、とエンヴィーは言う。


「どういう事かしら」

「さあ」

「さあって…貴方ねぇ」

「だってさぁ、なんとなくだから」



俺にも分かんないんだよねと。
来た時とは微妙に異なる顔つきで、エンヴィーは薄く笑った。

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