7:猫の記憶-前編-




そろりと開けた扉の隙間から、エドは金色の瞳を覗かせていた。



…見張りは無しか。

随分甘いな、と心の内で呟いて。
ひと思いに扉を開くと、薄汚れた床を鳴らしてその部屋を出た。
彼に続き、アルと未登録も同様にドアをくぐる。



軋む廊下を進んでいくと、仄明るい出口付近にロイとホークアイが立っていた。
彼等の姿を一瞥すると、エドは拳を強く握り直し、二人の真正面まで歩み寄る。



「未登録の服、やけに汚れてんだけど手荒に捕まえたりしてねぇだろうな」

言い掛かりめいた言葉に、ロイは何も答えない。
その代わり、通路の暗がりから「エド」と、戸惑うような少女の声が届いた。


「何処でどうなってあいつを見つけたのかも、まだ聞いてないしな」

少年はロイを睨むように見上げた。
エドの後方に控えるアルフォンスの腕の影には、未登録の姿が見え隠れする。

崩壊現場で粉塵にまみれた彼女が着ている服は当日の物だ。
先程までは軍部の用意した物を着ていたが、未登録はわざわざ汚れた衣服に再び身を包んでいた。

相手はプロだから念の為、というエドの勧めだ。


依然として沈黙するロイを見据えたまま、少年はすっと息を吸い込む。





「未登録は、俺達が連れて行く」



エドはそう宣言した。

堂々と挑んでくる小さな少年を、ロイは瞬きもせずに見つめる。


「…彼女は今後も保護下に置く必要がある」

「俺達が護る」

「護る、か」

ふっ、とロイは笑いを漏らした。
未登録の緊張した面持ちを一瞬その視界に捉え、目の前の少年に目線を戻す。


「出来るのか?君達に」


冷たくも温かくもない声が響く。

エドも、後方のアルも、一切動じる素振りは見せない。
兄弟の様子は、予め想像していた通りの覚悟の表れとしてロイの目に映っている事だろう。

彼は少し顎を引いたかと思うと、そのまま少年達に背を向けて歩き出した。
すぐにホークアイも黙って続く。


備え付けの曇った硝子窓や、朽ちかけた木造の壁の隙間から射す外光が、
廊下を移動する彼等の衣服をちらちらと照らしていた。




「好きにしたまえ。私も君達の面倒ばかり見ていられんからな」



そう言ったきりロイは振り返らず、
そのまま光の満ちる方へ出て行った。

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