6:待罪-後編-






「…未登録、未登録。起きなよ」


その日。
急な仕事が入り、俺は未登録を起こしに部屋を訪れていた。

「未登録ってば」

「う…ん…」

いつもの如く、揺さ振っても一向に起きない。
時刻が早いせいもある。
一応聞こえてはいるのか、未登録は眉を寄せて嫌がるように寝返りをうつ。
そしてそのまま布団に潜り込んでしまった。

「ちょっとー。いい加減にし…」

その時、前触れもなく頭がくらりとした。
反射的に手をつき、前のめりになる身体を制す。

「……」

不快な倦怠感が纏わりついて来る。
今から仕事だっていうのに。
頭をぐしゃぐしゃと乱しながら身体を起こした。


小動物みたいに丸まって、外方を向いている背中。
内側に閉じ込められた温度や呼吸を思うと、未登録の存在をよりはっきりと感じた。

しんと静まって動かない布団の上から、頭の辺りにふわりと触れる。

「…行ってくるから、ゆっくり寝てて」

そう告げて立ち上がろうとすると、急にばさりと布団が持ち上がって、中から未登録が顔を出した。

「仕事?行く…」

焦点の合わない目。
起き掛けの擦れた声で呟いたそれはあまりに子供っぽくて、思わず笑った。
髪の毛は寝癖で逆立って酷い有様だし、腕には寝跡までついている。

「いいよ。そんな状態じゃ危なっかしいし」

くすくすと笑いながら頭を撫でてベッドから離れようとした。
だけど次には、触れた俺の手を追って来た指に目を留める。


「私も、一緒に行きたい」

いつもの瞳が、俺を見上げた。
その色の持つ強さに、つい言葉を忘れる。


「…あんまり時間ないから、五分で仕度して」




もしかしたら未登録も、
同じくらい不安なのかもしれない。

俺が、出来る事ならずっと、
この部屋に未登録を隠しておきたいのと同じくらい。















「あれ?来てたの」

現場に到着すると、其処には既にラストの姿があった。

「監視よ、貴方達の。また逃がされちゃ困るもの」

「失礼だなぁ」

また逃がすと困る。
それを聞いた未登録が、すぐに俺を見上げる。

「そ。あそこに賢者の石を持ってる奴が潜伏してる。何処かに逃げられる前にかたをつけようって訳」

未登録は表情を硬くして、唇を結ぶ。
俺は目を細め、少し笑った。


「そんな訳でちょっと行って来るから、未登録は此処で待機ね」

「え?」

ぽん、と軽く肩を叩くと、思いも寄らなかったのか未登録は目を丸くした。

「今思ったけど、やり手の錬金術師が賢者の石まで持ってるんだしさ。危ないから此処で待っててよ」

「でも…」

「ラストと俺だけで十分だよ」

まだ何か言いたそうにしている未登録を遮って目配せをすると、
ラストは何も答えない代わりに、ビルの入り口に向かって歩き出した。



「すぐ戻るから、適当な場所に隠れてて」

「あの、エンヴィー」

未登録の肩を軽く押して、そのままラストに続こうとしたけど。
名前を呼ばれて。
後ろを振り返ると、心配そうな瞳が静かに見上げていた。


「…気をつけて」


ぽつりと掛けられた言葉。

あまりに心地良いその響きに、今度は俺が目を丸くした。

「今、なんて?」

訊いた途端、真っ赤になって下を向く未登録。
面白いくらいに顔を赤らめる姿を見て、俺はにやりと笑って踵を返す。

「もう一回聞きたいなぁ。ねぇ、言ってよ。もう一回」

「む、無理…」

「別に無理ではないでしょ〜?ほら早く」

「…貴方達、いつもそうやって油売ってるんじゃないでしょうね」

大袈裟に頭を振って逃げようとする未登録を捕まえて遊んでいると、そんなラストの嫌味が聞こえた。
勿論いつもの事なので、俺は気にも留めず笑っていた。



そう、いつもみたいに。






[ 137/177 ]

[*prev] [next#]

[page select]


[目次]

site top




×