4:空に徒花

夜。


辺りは、しんしんと降り積もる雪の静寂に包まれていた。

ぼんやりとした街燈が、ところどころぽつぽつと灯っている。

白い息の向こう、冷え冷えとした路地の外壁に身を潜めながら標的の様子を窺った。

灯りの集まる方から笑い声が聴こえる。
人間達は、酔狂にも寒中で酒をあおっていた。
これから死ぬとも知らずに。


「……」

酔いが回っているようだし、それに夜も更けてきた。
頃合かもしれない。


その時、みしと、後ろから微かに雪を踏みしめる音がして、俺は思い出したように振り返る。

「…寒い?」

心許ない外套から細い首を覗かせ、未登録はしきりに真っ白い息を吐いていた。
闇に浮かんだ唇の色は薄くて、睫毛なんて少し凍っているようにも見える。

未登録は小さく頭を振り、平気だと言った。

「…エンヴィーの格好が寒い。見てられない」

雪の上の素足を、まるで可哀想なものでも見るようにちらりと見下ろしてそう言うと、条件反射のように身を震わせた。

「はいはい。そんな口叩けるなら大丈夫だね。行くよ」

未登録の返事を待たず橙色の灯りの中に身を投じ、手前に居た二人を立て続けに薙ぎ倒した。
男達は喧嘩を吹っ掛けられたものだと勘違いしていたが、やがて切迫した状況に顔色を変えた。

雪が溶けもせずに纏わりついてくる。

必ず殺しておけと言われたのはどいつだったっけ。
残りの首を見回していると、突然ぐらりと脳内がぶれる感覚。
向かって来る人間のシルエットがスローで映し出される。

またか、と舌打ちしながら、俺は迎え撃つ体勢を取る。



だけど次の瞬間、目の前を何かが遮って。

斜めに降る雪の中、細い絹糸が散らばるように視界を埋め尽くした。



一瞬、寒空の中で花の散る、あのシーンがフラッシュバックする。



どさ、と軽い音がして。

地面に倒れ込む未登録の後ろ姿を目で追った。




降りしきる雪と、照らす橙と、狂ったような赤と。


音の無い世界で、暫く事の次第を理解出来ないでいた。

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