2:止り木


果実の皮のようにくるくると包帯を解いていく。
その下の変色したガーゼ。未登録はおそるおそる捲って傷を見やった。


「……」

開いてはいない。
ただ、傷口が炎症して見える。

未登録は、ぎゅっと唇を結ぶ。
換えのガーゼを当てて真っ白な帯を巻きつける。
元通りに裾を直し終わった頃、扉が開いた。





「…エンヴィー」

「ただいま、未登録」

「珍しいね、こんな時間に来るなんて」

「うん」

エンヴィーは一言そう返事してベッドへ歩み寄った。


「身体の調子はどう?」

「…うん」

未登録は笑みらしきものを形作ったが、彼女のそれもまた答えにはなっていなかった。
エンヴィーは黙って、少し笑った。


「これ、あげる」

見上げた彼の、開いた掌に乗っていたのは小さな赤い欠片。



盪け滴りそうな赤。



「…、エン…」




これは。





目を見開き、未登録は紅い結晶と彼とを交互に見やる。
視線が定まらない。
心臓が大きく震えている。


この予感は絶対だ。



「手、出して」

俺じゃ使えないからと、微かに笑って彼女の両手を掬い上げる。


「エンヴィー、いやだ…」

未登録は思わず首を横に振って。
その手を振り解こうとしたけどびくともしなかった。
こちらを見つめる目は確かに優しくて、哀しそうだった。

…悲愴なんて彼には似合わない。


「待って…私っこんなの要らな…ッ!!」

それが両手に触れた途端。
激しい光に包まれた。




生じる力の循環。


紅い紅い、鮮やかな、

甘い赤色。













光の渦の中、急速に細胞が作り変えられる。
身体が織り上がっていくのが分かる。



止める間もなく織り上がっていく。
沢山のヒトを呑み込んで……。














痛みを失った頃、光も止んだ。


ずるりと身体が沈んだ。



未登録は酷い脱力感に襲われて。
その場に崩れ込もうとした未登録を、エンヴィーが素早く腕の中に引き込んだ。
シーツの上に落ちた彼女の掌が、天井の方を向いてだらしなく咲いていた。

沈黙が、ちらちらと舞って降りてくる。
部屋の中に満遍なく積もっていく。


「………」

四肢を弛緩させたまま、未登録は呆然と宙を眺めた。
すぐ目の前では綺麗な黒髪が香っている。

離して欲しい。
未登録はそう思ったけど全く何をどうする気力も湧かない。

立っていられなかったのだ。
もう何処も痛くないのに。









「泣かないで」

ぽつんと一つ、沈黙の中に雫が落ちた。


細い指が髪に絡まる。
未登録は、ちらりと横に目を動かす。





…何を言っているのだろう。

泣いてなんかいない。
だからもしこの部屋に零れ落ちるものがあるとしたら、それは貴方のものだ。



幸い彼女は室内をよく見渡せた。
それが床やシーツに落ちているのを見つけるのは簡単そうだった。

だけど隣に埋まっている彼の顔は、近すぎて見えなかった。

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