2:止り木








「包帯」

「え。」

口内の残骸を呑み込んだ時だった。
未登録にとってみれば急に、彼は言った。


「包帯、新しいやつに替えたら?」

フォークの先に促され、少し遅れて自分の胴体に目をやる。
寝衣から覗く、少し薄汚れた白。



エンヴィーはいつも突然だ。

…と未登録は思っている。


ぶつ切りを並べて串で刺したような彼とのやり取りは、いつまで経っても慣れないし心臓に悪い。
こうして毎日同じように顔を合わすけれど、今日の彼と昨日の彼は必ずしも一直線上で繋がってはいない。

そんな当たり前な事に未登録は最近気づいた。

だから今この場で目の前の彼を理解しようと試みるにしても、昨日までの彼の様子や、
交わした会話がさほど役に立つ訳ではない。

今日この時間に此処に来るまでの間、
彼にどのような出来事や解釈、あるいは変化があり、どういった物語が生まれたのか。
それは想像するにはあまりに微細で、果てしなくて、不透明で、無常で。
本人さえ把握していない事だろう。

それでも未登録はじっと目を凝らし、耳を澄まし、
この小さな部屋に訪れる彼という存在を噛み砕いて消化しようとした。


だけどさっぱり分からない。


未登録は途方に暮れた。

どんなに透かそうとしても見えるものではない。
それは単に、彼が “他人である” という、ただそれだけの事でもあるのだが。

どんなに優しく扱われても、どんなに労わられても、苦しい。
消えない不安感をどうしたら良いのか未登録には分からなかった。




不安と言えば。


未登録はエンヴィーを見つめた。

黒髪の間を埋める白い肌。
うっすらと落ちた影から覗く瞳。表情。

じっと見つめてみても、あの日感じた不穏は何処にもなかった。


あれは自分の思い違いだったのか。
それとも自分が真相を知らないだけで、既に彼にとって、もしくは外の世界では過去の些細な出来事になったのだろうか。


事実すら溶けて見えなくなる。
そうやって今が回っている。

それがとても寂しい。



「今この時」すら、どんどん不確かになるようで。



終わっていくようで。






いったい自分は何を望んでいるのだろう。








未登録の目の前に座っていたエンヴィーは、瞳をぱちくり瞬いていたかと思うといきなり吹き出した。


「あははは!」


「……な…何?」

姿勢を崩して笑うエンヴィーに驚きを隠せない。
未登録は首を傾げた。

何が可笑しいんだろう。
彼女が分からない、という顔をすると、エンヴィーは僅かに涙ぐんだ目を擦りながら呆れたように笑った。


「…あーおかし…凝視しすぎだよ」

そう言われて、未登録は鎮静したかと思われた顔を再び真っ赤にした。


「何、そんなに見つめちゃって。包帯巻くの一人じゃできないの?」

「ち、違う…」

「俺で良ければいつでも手伝うけど?」

くすくすと笑って悪戯に手を伸ばしてくる。
羞恥の思いは頂点に達した。


「ほんとにいい、…ッ!」

びくりと大きく未登録の上半身がぶれた。
腕から逃れようと身体を捩った瞬間だった。
広く裂けるような痛みが走った。


どくどくと、脈打ち滾るようだった。
激しい痛みだ。
未登録は細く息をして、じっとそれが治まるのを待つ。
このごろ食事が喉を通り難かったのも、実は傷の痛みが気になって仕方がないからだった。

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