2:止り木









その日の夕方。

いつものようにエンヴィーが食事を部屋に運んできたが、
未登録は未だ何も口にできないでいた。



「あ〜ん♪」

「……」

至近距離で迫ってくるのは、銀色のフォークばかり。


「…エンヴィー」

「何?」

「…じ、自分で食べるから…」

「駄目。あ〜ん♪」

「…うう…」

困り果てて意思表示に唸ってみるものの。
先程からまるで効果はない。

未登録がちらりと顔を窺えば、にっこりと満円の笑みが返される。


…絶対楽しんでる。


食べ物の刺さったフォークを向けられる。
それだけの事がこんなに苦痛だなんて知らなかった。


「ほら〜早く。冷めちゃうじゃん」

そう言われても口を開くなんて未登録の性格上出来る訳もなく。




ああ、逃げ出したい…。

さながら牢獄のようなこの場所に帰ってきてから、未登録は恐らく初めて本気でそう思った。

顔を真っ赤にしたまま、恥ずかしさと居た堪れなさにほとほと参っていた。




「…最近、あまり食べてないでしょ」


不意に呟かれた言葉。
思いの外に真剣な声に、未登録は目線を上げる。


「ちゃんと食べれば、少しは良くなる…よね?」

不摂生がたたれば治るものも治らない。
そういった意味で言っているのだろうか。
エンヴィー自身疑問形だ。
療養を経験する事のない彼には、人間の「治る過程」とは理解し難いものなのかもしれない。

困ったように笑う瞳。

困っていたのは自分の方だった筈なのに、と未登録は思う。
エンヴィーの表面上の態度や言動を鵜呑みにしていると、こうやって急な変化に戸惑う事がよくある。


「エン…、んぐっ」

口をうっすら開いたとほぼ同時。
予期せぬ瞬間に晩ご飯は飛び込んできた。


「んん…!」

「はーい、ちゃんと噛んでね〜」

邪気も無くにこにこ笑って、そしてするりとフォークが抜き取られる。

口をつけたからには仕方ないだろう。
未登録は観念し、押し込まれた物を遠慮がちに咀嚼し始めた。


「おいしい?」

「……わ、分かんない」

もぐもぐと噛み砕くものの、なんだか複雑な味がしてよく分からない。
唯、有り余る大量の熱が耳の先から放出され続けている事だけは確かだ。

こうも観察されては美味しさを測定する余裕が持てなかった。
何よりも測り切れないのは、目の前の青年の真意だけど。

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