1:予感











帰り際、未登録は一度だけあの丘を振り返った。


深く澄んだ寒空に、星が冴え始めていた。










随分と長い時間が経った気がするけれど。

こんなにも、こんなにもまだ鮮やかに記憶が香っている。


去った季節を慕う、遅咲きの花のように。







あの時、「何かあったの」と。
その場で問い質すだけの気概が持てなかった事を、どれだけ悔やんでも悔やみ切れない。


…と言っても、そうする事で何か変わっていたかどうか。


きっと、どんなに訊いても彼ははぐらかして、何も言ってはくれなかっただろうから。







一際、強い木枯らしが吹いた。



「………」


ほら、こんなにも。
忘れたくない事ばかりで。

思い出になんか出来ない事ばかりで。






目を閉じれば、
今も見える。









仄暗い部屋の中

彼だけの声を聴いて
彼だけを見ていた。




小さな世界で
甘く閉じたひとときと


途方もなく
広い世界で彷徨う今日と。





哀しい夢を見ているのは








一体どちらなのだろうか。


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