10:帰る場所-後編-





天に近づくと




蝋で固めた羽根が溶けて。




鳥を気取った人間は




地に落ちていく。













「こんなとこに、何の用だよ」

大きく間合いを取り、エドは乱れた息を整えながら吐き捨てる様に言った。

少年の後ろで両腕を構えるのは鎧姿の弟。
二人の前の闇には、鋭く長い爪が玉虫色に光り流れていた。


「知れた事だわ。殺しに来たのよ、あのお嬢さんを」

緩やかな黒髪が音も無く優雅に風に馴染む。
硬いヒールが長い脚の延長にすらりと立ち、美し過ぎる線を描く。
そっと吐き出される息だけが白く熱を持ち、唯一、本物らしくこの世のものとして存在していた。


「そんな顔で睨まないで頂戴。無意味な殺しはしないわ」

「は!随分殺し慣れてんだな」

尚も相手を睨み上げるエド。
ラストはふと何かに気づいた様に瞬くと、くすりと微笑んだ。


「貴方、あの子と同じ目をするのね」

それともあの子が…かしらと、その瞳を和ませる。
自分と幼馴染とを重ねて見ているらしい相手に、エドは怪訝そうに眉を顰めた。



「!」

その時、突如頭上に湧いた気配に兄弟は病院の塀を見上げた。


ふわりと輪郭を持った闇が生じて、軽やかに地面に降り立つ。
街灯が斜め差した瞳には紫苑の彩。



「今晩は。鋼のおチビさん」

と、その弟。
エンヴィーはそう付け足すと、小首を傾げてにっこりと笑ってみせた。


「私の出番はおしまいかしら?」

「まあね。でももう少し居てよ。これからが本番なんだから」

「そうね。私は、此処に居る必要があるでしょうね」

伏せ目がちに、ラストは薄く微笑む。
その瞳は何処か遠くを見つめていた。

その一方で、エドは予想外の方向から現れたもう一人の敵に動揺を隠せなかった。


「お前、何処から…」

「未登録に会ってきたからね」

「な!」

「あはは、おチビさんてほんと迂闊だよね〜」

「っ、くそ…ッ!」

「待ちなよ。…未登録には何もしてない」

今にも病院へ駆け出さんばかりのエドを逸速く牽制して。
そしてエンヴィーは悪戯に成功した子供の様に笑った。
エドは苦い顔をしながら、薄ら笑いを浮かべた相手と再び対峙する。


「……。何もしてない?ふざけんな。あんな大怪我させやがって…」

「……」

「てめえだけは絶対に許さねぇ」

ざり、と少年の踏み締めた地面が鳴る。


「そんなにぴりぴりしないでよ。今日はやり合う気ないし」

命令もされてない、とエンヴィーは肩を竦めた。
エドは張り詰めた空気を乱さず、尚も憎々しげに相手を仇視する。
エンヴィーは暫く口元に笑みを貼りつけてその目を見つめていたが、やがて可笑しさに耐えられなくなった風に目を細めた。


「俺が殺したいのはあんただけどね」

いつものトーンで事も無げに言う。
だが冷たく笑う瞳はあくまで本気だ。
明け透けに示された確かな敵意に、エドは思わず身構えた。

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