10:帰る場所-後編-

どうして生かされたのかなんて、
今この時に限ってはどうだって良かった。







開け放した窓から秋の夜風が吹き込んでいた。

その風に乗って、何か聴こえてくる。
金属がぶつかり合う様な不思議な音だ。
未登録は窓の方を振り返ると、耳を澄ませ、闇夜に目を凝らした。



「…エド?」

見えるのは点々と灯る街灯と、小さく光る硬質な何かだけだ。
だけど直感的に未登録は、あそこでエドが戦っているのだと思った。


背中が寒い。



「他にも…誰か居るのね…?」

震える声でそう問うと、黙ったままだったエンヴィーが少し瞳を細めて。


「ラストだよ」

冷静な声色で呟かれた言葉に、未登録はびくりと肩を揺らした。


だってそれは、一生忘れる事のない名前。


未登録はそれ以上何も訊かず、すぐさまエンヴィーの横を駆け抜けて廊下へ飛び出していった。


エンヴィーは彼女を止めるでもなく、開け放たれたままのドアを見やると、少し苦い顔をして。
そして窓から夜闇に身を投じて行った。









「…ッ、く…」


階段を降り切って一階の壁にもたれると、急に未登録の身体が折れ曲がってずるりと沈んだ。
火災報知機のランプが、赤く燃えている。
昨日まで車椅子を人に押して貰っていたのに、未登録は勢いだけで此処まで来てしまった。
だけどもう身体が思うように動かない。
呼吸も、痛みを紛らわす様に吐き出すばかりだ。


「…っ」


痛い。
それどころじゃないのに。




早く、早く行かなきゃ、エドとアルが…。





手摺りを掴んで。
壁にしがみついて未登録はふらふらと立ち上がる。
壁伝いに少しずつ進んでいく。
すると、煌々と明かりのついたナースステーションに二人の看護婦が倒れていた。
どうやら気絶しているだけの様だった。


ぎりっと奥歯を噛み合わせて、未登録は目の前の風景を睨んだ。


あの日の残像が見える。



「殺させないわ…絶対に…絶対に…ッ」


手摺りを押し擦る右手の、指の腹が赤くなっていく。



焦りばかり大きくなって、
気づけば咽び泣きの様な息遣いになっていた。

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