9:帰る場所-前編-





乾いた闇が、しんと静まり返る。

静かすぎて耳が痛いくらいに。
少しずつ開けていく視界が色を帯び始める。


闇に浮かぶ、闇の色も映し出される。



いつ振りかに覗く、
淡い淡い藤色。



目が合った瞬間、それは微かに光を帯びて歪んだ気がした。
酷く静かな色でじっと見つめられ、びくりと未登録の身体が震えた。


「…っ、あ」

思わず数歩後ずさって、窓枠に軽くとんと背中を打つ。
大した衝撃ではなかったのに今は些細な刺激も辛くて。
未登録は響いてくる痛みに顔を顰めた。



汗が滲む。





その時、からんと軽い金属音がした。

見ればエンヴィーの手に握られていたナイフが床に落ちていて。
どうしたのかと、目線と共に顔を上げようとした刹那、未登録の目の前が真っ暗になった。



ふわりと視界の隅で黒い髪が揺れ、不意に、知っている香りがして。



突然の事に暫く呆然としていると、服の上からそっと、包帯が巻いてある丁度傷口の辺りをなぞられた。
ぞくりと何かが走る。


見上げれば、哀しそうな瞳がこちらを捉えていて。







困惑した。






彼は「お父様」に命令されて、情報漏れを防ぐ為に自分を殺しに来た。
それは間違いのない事だ。

微かな温度が、触れ合っている所から伝わってくる。

エンヴィーは何も言わない。
何も言わず触れてくるだけで。

何も言えないのかもしれなかった。
自分と同じ様に。



冷たい指先が、横髪を巻き込んで慎重に頬を撫でる。


温度を確かめるみたいに。



それが少し震えている事に気づいて、苦しさに耐えられなくなって。
未登録は強く首を振って逃れようとしたが、その抵抗を封じる様にきつく背中を抱き込まれた。
長い指が、恭しく後ろ髪を梳く。



「……っ…」

彼に弱さを見せるのは嫌なのに。


つんと鼻先が痛くなる。
触れてくる何もかもが確かに温かくて、
口を開いたら、全ぶ駄目になりそうだった。



今になって眦から溢れてこようとするなんて。
どうして今なのかと未登録は唇を噛んだ。

いつも肝心な時に限って「平気だ」と嘘を吐けない。

[ 96/177 ]

[*prev] [next#]

[page select]


[目次]

site top




×