9:帰る場所-前編- 「いいかい、未登録。お父さんが錬金術師だという事は誰にも言っちゃいけない」 「…エドとアルにも?」 「そうだ」 「どうして?」 「この力は、人を不幸にするからだ」 「だから未登録にも教えてくれないの?便利なのに」 拗ねた目で見上げた私の頭を撫でた、大きな手の感触を覚えている。 父に錬金術を教わった事はない。 その頃は「願いを叶えてくれる魔法」を使える様になりたくて、度々書斎からこっそり本を持ち出していた。 エドとアルと遊ぶ時も、随分と落書きをしたものだ。 それに気づいた父は、仕方のない子だと笑った。 「知りたいと思うのは人間の性」 でも好奇心は時に人を殺すのだと。 そう言った父はもう居ない。 太陽に近づけば、 この身も焼かれるのだろうか。 たとえそれが、 模造品であったとしても。 茹だる暑さに、未登録は思わず跳ね起きた。 空気が重い。 息苦しいくらい病室が暑くて。 耐えられずベッドから抜け出して廊下に出た。 それでも一向に気分が良くならなくて、血の様に真っ赤な空間を何処までも歩いた。 無心に歩き続け、息を切らし始めた頃、道の先に長い黒髪の女が目に入った。 その足元にはぐだぐだになった人形が二体落ちていた。 それは過去に失った人だった。 恨み言の一つも言ってやりたかったのに、その人物はいつもの様に艶やかに笑ってすぐに消えた。 急いで人形に駆け寄ったけど、未登録が腕を掴もうとした矢先、 瞬く間に紅い廊下に沈んでいった。 暫くその場に座り込んで途方に暮れていると、廊下の先からあの看護婦が現れた。 歩み寄ってきた彼女は、青年に姿を変えて。 その腕を未登録の首に伸ばしてきた。 「…私も殺すの?…、…そう。」 指に力が込められる。 だらりと腕が下がる。 未登録は瞳を閉じながら、虚ろにエンヴィーの顔を見上げた。 それは何故だか、泣いている様に見えた。 知っていた気がする。 鈍く錆びた容器に、 純粋なものが宿っている事。 [page select] [目次] site top▲ ×
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