9:帰る場所-前編-

「…そんな顔すんなって、私に言ったじゃない。今のエド、エドらしくないよ」

二人きりになるなり、そう切り出した。
未登録は仰向けのまま横目にエドを見やる。


「こ、今回は俺が悪いだろっ」

「?」

「あ…いや、だから、お前が刺されたのもそうだけど、その…」

「…キスの事?」

口篭るエドにさらりと一言。
エドは真っ赤になって吹き出した。

「お…っ!お前なぁ!」

「部屋まで来ないから、気にしてるんだろうなって思ってた。…エドとはもう、ぎくしゃくしたくないの。エドには笑ってて欲しい」

未登録がいつになく饒舌なのは熱のせいかもしれない。
一気に緊張が解けたのか、エドは盛大に肩を落とした。


「はは…なんつうか…すっげービクビクしてたのに…。お前妙に堂々としてねぇ?」

「…人間開き直ると強いみたい。もう随分こうしてる気がするし、その間に…気持ちの整理もついた」

「?…整理って?」

エドの質問に未登録は笑ったまま黙った。
丸椅子の錆びたパイプがぎしりと軋む。



「彼の事」


誰の事を指しているのか苦々しく確信を得るエドを見つめ、未登録は淡く唇を開く。





「好きだったの」

ぽつんと、未登録は言った。


エドは訝しげに眉を寄せた。
暫く黙っていたが、その瞳が、何かに気づいた様に見開かれる。





「…まさか…あいつが、やったのか?」


どくりと、未登録の心臓が鳴る。


「そうなんだな?」



「…それでも、」


もしも、


ううん、きっと。



「…次が最後だとしても、会いたい」

彼女が俯き加減に笑うと、額の氷が水中で揺れた。
エドは言葉に詰まり、拳を握り締める。



その時、軽くノックの音がした。


「もう面会時間は過ぎてますよ」

其処には先程の看護婦が立っていた。

「あ…もうそんな時間か」


「また明日来るよ。ちゃんと見張っとくから、お前はしっかり身体治せよな」

「うん。ありがとう…」

複雑な思いを隠しながら、二人は静かに笑い合っていた。
エドはドアを潜り、看護婦に会釈して急ぎ足で廊下を去って行く。
備え付けられた窓の外はもうすっかり暗くなっていた。
いつもなら其処から月が見えるのだが、今日は真っ黒い空間で塗り潰されていた。






「今夜は、新月だから」


そんな声が聴こえた。


見ると、看護婦はこちらに背を向けたまま廊下に立っていた。



「…?」


その輪郭に言い表せない違和感を感じた瞬間、後ろ手にドアが閉められる。
そして女は小窓越しにふわりと姿を消した。







未登録は暫く戸の方を見つめていたが、
もう何も言わず、固く目を閉じた。

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