9:帰る場所-前編- 熱なんてやめて欲しい。 熱さと寒さに、未登録の意識は朦朧としていた。 額に敷かれたタオルが湿っている。 重い瞼の裏で、光の粒子が緩慢に流れていく。 氷嚢の内で解け始めた氷片が、緩く転がっていた。 その時、不意に辺りが仄暗くなり、冷たい熱が触れてきて未登録は目を開いた。 「気分はどう?もう一度お熱測るわね」 見上げるといつもの看護婦が、換えの氷嚢とタオルを携えて微笑んでいた。 未登録もつられて笑う。 「そうだわ、何か必要なものはある?」 「え」 未登録はもう一度看護婦の顔を見上げた。 「……」 「何かある?」 「あ、いえ、特には」 「そう」 看護婦はにっこり笑うと、使用済みの用具を抱え直して。 そして程なくしてドアは閉じられた。 熱なんてやめて欲しい。 新鋭の氷が力強く、表皮の温度を奪っていく。 その真下から湧き出てくるとめどない熱気が疎ましい。 タオルに圧迫された目蓋は重かった。視界の中を透明な粒子が降りていく。 依然として熱い息を吐きながら、未登録は少し唇を噛んだ。 眠りたくないのに目蓋が降りる。 頭が熱くて駄目になる。 嬉しかった出来事も、 良い事も悪い事も巡って、思い出が制御出来ない。 その時、戸口からこんこんと、ノックの音がした。 「……アル」 ドアの小窓から覗いた顔に思わず微笑むと、かちゃりとノブが回った。 「未登録、大丈夫?ごめんね、熱があるのに押しかけて。すぐ帰るから」 「来てくれてありがと…先生が、薬の副作用だから心配ないって。…一人で来たの?」 「ううん、ほら、兄さん!」 アルに促されると、大きな鎧の横から少年が顔を出した。 その表情はやっぱり曇っていて、未登録は仕方なさそうに笑った。 「ごめん、俺…」 「もう。癖ね…すぐ自分を責めるところ。エドのせいじゃないよ」 「でも」 「エドも、分かってたでしょ?こうなる可能性は、いつだってあった」 「…やっぱりあいつらか」 「でも、この通り生きてるわ。詰めが甘いよね」 未登録は薄く笑って見せた。 「何言ってんだよ。お前が生きてるって知ったら…」 「もう、知ってるでしょうね」 「大丈夫だよ、僕等が外から見張っとくから。ね!兄さん!」 「ありがとう。あのねアル、少し席を外して貰えない?」 「あ、うん。じゃあロビーで待ってるね」 こくりと頷くと、アルは扉の間から二人に手を振った。 エドは黙ったまま、ベッドの横に置かれた簡易な丸椅子に腰掛けた。 [page select] [目次] site top▲ ×
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