8:手負いの鳥







「生きてるわよ、あの子」


その一言に俺は目を開いた。

静かに振り向くと、睨まないで頂戴と窘められた。





あの雨の映像が脳内に映し出される。
頭の端がじりじりと焼ける様だ。



「その事で、お父様がお呼びよ」

ラストは付け加えて言った。



「…だろうね」

俺は立ち上がり、ラストの後ろに佇む暗闇に足を掛けた。
ひたひたと吸い付く様な足音が響く。

お父様へ続く道は、深い闇がむせ返る程の濃度で満ちている。

沢山の色を呑み込んで塗り潰した様なこの漆黒を、重く感じた事はただの一度もない。




分かってるさ。
あいつは何年も此処に居た。
既に「知り過ぎてる」んだ。

もしも軍部の人間と、
例えば焔の大佐辺りと接触する様な事があれば、その時は。










誰かが耳元でげらげらと笑っている。



足元の闇からせせら笑いが聴こえる。
指の先からも知らない顔が出てきて大声で笑い出しそうだ。


俺の身体に付着している無数の口がわらっているのか。

静かになればなるほど酷くなる笑い声はごちゃ混ぜになって女とも男ともつかない。
人間でもない。
其処彼処で浮き出ては弾け飛ぶ。
それでも声を出して笑う、笑う。





出口のない闇の中で軽率に笑い続けている。







なのに数え切れない顔の中の一つが泣くと、
他の奴まで伝染する様にしくしくとすすり泣き始める。





俺は鼻で笑った。






わらうならさいごまでわらえよ。








俺は口元を歪めて吊り上げる。



「…分かってるさ」






もしも邪魔するならその時は







その時は。

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