「フレンー、ご飯出来たから運ぶの手伝ってー!」
「分かった、すぐ行くよ」
読んでいた本を適当に本棚に戻し、リビングからダイニングへ向かうとキッチンからいい匂いが流れてくるのが分かる。今日はビーフシチューかな。お腹いっぱいに吸い込んだいい匂いで既に幸せだ。吸い込んだ息を吐くのと同時にお腹の虫が鳴る音が聞こえる。グッドタイミングの夕飯になりそうだ。
「今日はフレンの大好きなビーフシチューよ」
「匂いで分かったよ、そうだカロルに貰ったトマトがあったからサラダを用意するよ」
「う、…トマト…」
「折角くれたんだから美味しいうちに食べないと」
トマトが嫌いなことは知っていたけど、かと言って食べないという選択肢はない。ビーフシチューの付け合せにもうってつけだ。二人分の小皿にサラダを盛り付けテーブルに置く。ビーフシチューも準備が出来たみたいで、ナマエがエプロンを仕舞い椅子に座る。
「いただきます」
「いただきます」
スプーンでビーフシチューを掬い口に運ぶ。反応を待っているのかナマエにじっと見つめられ少し飲み込むのに喉でつっかえる。
「どう?どう?」
「ん、美味しいよ。とっても」
「ホント?良かったァ」
いつも彼女が作る料理は何でも美味しいのに。毎回味の感想を尋ねられその度に美味しいと伝える。なんどこのやり取りを交わしても彼女の自信にはなかなか繋がらないらしい。
「!このトマト、とっても甘いよ」
「…そうなんだ」
「反応が素っ気ないなぁ、食べてみたら分かるよ?」
「うぅ…食べなきゃダメ?」
「そんな涙目で訴えても、ダメなものはダメだ。カロルに申し訳ないし、トマトにも、それにこのトマトを作った人にも申し訳ない」
「うぐ…それも、そうね…」
フォークで皿に盛り付けられたトマトの中でも小ぶりなものを選び、少しの間見つめたあと思い切って口の前まで運ぶ。……が、そのまま口の中に入ることは無かった。
「あー、やっぱり無理だよ!」
「無理じゃない!無理だと思うから無理なんだ!」
「何その根性論!フレンがあーんしてくれたら食べる!」
「…本当だな?」
普段そんなこと絶対しないのに、僕は自分のフォークでナマエの皿のトマトを刺し、そのままナマエの口の前まで持っていく。「ほら、あーん」なんて、絶対に口にしない言葉も何故かその時はスラスラ出てきてしまう。
案の定目の前のナマエは目をぱちくりさせている。向こうも冗談でそう口走ったのだろう、僕が絶対にそういうことをしないと踏んで。
だが、なんの意地なのかどうしてもこのトマトを食べて欲しい僕は言われるがままナマエの言う通りにしたのだ。目の前にトマトを差し出されては食べる以外の選択肢は最早無い。観念したナマエも思い切って目を瞑り小さなトマトに対して大きな口でパクリとトマト平らげる。
「……あまい」
「ほら、言った通りだろう?」
「フレンが食べさせてくれたから、きっと甘く感じるのね」
「ッ……」
「ふふ、顔真っ赤。トマトみたい」
「からかわないでくれよ…」
先程まで顔を赤くしていたのはナマエの方だったのに、今度は僕の番のようだ。ナマエから目をそらすように僕は自分の皿のトマトを口に運ぶ。先程食べたトマトより随分甘く感じる。どこか、酸味も感じられる。
「まさかフレンがあーんしてくれるなんて。言ってみるものね?」
「僕だってまさか自分があんな事するなんて思ってもいなかったんだ。掘り返さないでくれ…恥ずかしい…」
「えー、照れたフレンも貴重だからこれからバンバンお願いしちゃう!」
「勘弁してくれ……」
これから、トマトを見る度に今日の出来事を思い出すしきっとこれから食べるトマトは全て甘酸っぱい。絶対に、そうだ。
おいしいは幸せを呼ぶ