名倉と天晟の話

どうどうと音を立てて雨粒がボンネットを叩く。時折弱まり止む気配を見せるものの、雷を伴った雨雲は一向に姿を消すことはない。瞬時、稲妻が空を照らし次いで轟音が辺りに轟く。それに誘われるかのように、弱まった雨が、より一層雨音を強くした。
「雹だ、」
不意に、ハンドルを握る天晟がぽつりと呟く。
そこでようやく携帯電話の画面から顔を上げた名倉の視界に、白い塊がフロントガラスに落ちるのが見えた。
雨よりも硬い音が、聴覚を麻痺させる。ステレオから流れるラジオの音も、今やかき消されて聞き取れない。白く靄がかったような景色に、名倉は嘆息した。
「本当だ、歩きでなくてよかったよ」
「そうだな。しかし、春の雷雨に雹とは、荒れてるね」
信号待ちの交差点。道行く人々は突然の大雨に為すすべもない様子で、急ぎ足に通りを抜けていく。
マルボロの匂いが鼻先をくすぐった。細く開けた窓の隙間に吸い込まれる紫煙が、湿気った空気に消えてく。
骨張った長い指がハンドルを握り直す。信号が青に変わり、車が走り出す。三つ目の交差点を過ぎれば店までは目と鼻の先だ。
息を吐いて、携帯電話を鞄にしまう。何とはなしに過ぎ去る外の景色を眺めていると、天晟に呼ばれて顔を向けた。
「どうした?」
「ん……朝早かったから眠いだけ、」
「そ?今日は忙しいだろうから、眠気もすぐ飛んでくよ」
勤続年数は名倉の方が長くても、年齢も学歴も天晟の方が上だ。四つの年齢差は、外見にも顕著らしく、その所為か、年下の名倉が新人のように見られるのも今や仕様がないとされがちである。
名倉にとってそれは断じて有って欲しくはないことであり、許し難いことだった。
今も隣で運転する天晟を盗み見ると、神様の不公平ぶりに溜め息が出る。
横顔だからこそさらにわかる形のいい鼻梁と、茶に染めた髪は柔らかく流されてある。
長年童顔を指摘され続けた名倉の顔と、芯まで真っ黒な髪とはかけ離れている。
「さっきからどうしたの?何か付いてる?」
「…………べっつにー」
苦笑混じりに頬を掻く姿は、それだけでも様になっているように思えて、名倉は唇を尖らせた。
黒縁眼鏡の奥で細められた目は、いかにも人の良さそうなそれで、店の女性スタッフやら客やらが騒ぐのもわからないでもない。バイト店員の花ちゃんに、「名倉さんに勝ち目はないですねえ…」と同情にも似た表情で告げられたのは、記憶に新しい。
「神様は不公平だ」
「何の話?」
「こっちの話ですー」
「ふぅん……?」
微かに首を傾げた天晟に名倉は内心で舌を出すと、再び窓の外に目を向けた。
いつの間にか、雨は止んだようで、黒い雲がゆっくりと風に流れていく。
合間に見える鮮やかな青に名倉は、大きく欠伸をした。





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