彼の掟
さあ、大声で叫ぶがいいさ!
それこそ、この世に誇れることだ。鬱屈たる世界を揺るがす大発見をここにひけらかそうじゃあないか。何、心配することなどない。私が君の味方だ。これ以上心強いことがあるか。こらこら何だその目は。そんな身震いするほど美しいワインレッドに睨まれたら、…嗚呼!何と魅惑的!この感情を何と呼ぼう。今すぐにでも君に口付けてこの世紀の発見を喜びたいな。うん?そんなことはない?
否、否。
とにもかくにもそのワインレッドの瞳、それこそ、


「それこそまさに君がダンピールだという証じゃないか!」


両手を広げ天に叫んだ謎の男に目を見開く。
この男は頭が狂っているのに違いない。もしくは、精神に異常を来しているのだ。そうでなければこれほどに意味のわからない御託を並べるはずがない。
とにかく、この男から逃げるのだ。
そうだ、逃走の途中だった。早く逃げなければ警邏隊に追いつかれる。
くるりと踵を返し、地を蹴った。しかし、背後から腕を掴まれしっかりと引き留められる。
振り解こうにも、その不健康そうな外見からは想像も出来ない力で捕まえられて一向に前に進むことは出来なかった。
「何なんだあんたは!」
振り返り、叩きつけるように吐き出せば、しかし男はさらににじり寄って恍惚とした口調で語った。
色の白い、存外若いその顔に笑みを湛え、コバルトブルーの両の目を爛々と輝かせた男は、酷く熱心に言葉を紡ぐ。
「吸血鬼伝承は嘘じゃない。ウォーロックしかりダンピールしかり!伝説伝承それらは人口に膾炙してこそ真実たりうるのさ!その証拠たる根拠が君だ。吸血鬼と人間の間に生まれた子供の目は、美しい赤色をしている!さあさあ、君は?自分を鏡で見たことがあるか?その、血のような深紅を見たことがあるか?」
巫山戯るなと叫びたかった。
両親は紛れもない人間であるし、ましてやそんな下らない世迷い事の迷信などあるわけがない。おかしいのはお前の頭だ!
だがしかし、悲しいかなそこまでを声高に叫ぶことは出来ないのである。
物覚えつく頃から両親は居なかった。血も繋がらぬ老婆に育てられたが、つい先月彼女は天に召された。
己の出生など何一つ知らない。
黙り込むその耳元で男が囁いた。熱っぽい甘美な囁きだ。
「私の望みを叶えてくれ」
ひうと喉が鳴った。
暗闇の中から手招きされている。黒い闇色の手がふわりふわりと揺れるのが見えた。








“どうかその力で私を殺してくれ”


そう言った男の目は酷く必死で切ない色をしていた。






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