メリー・メリー
帰宅ラッシュの只中、すし詰め状態の電車内は真冬だというのに蒸し暑い。暖房と人の熱気で目眩がしそうだ。
地元では到底経験しえないこの環境は、上京して三年経った今も未だ慣れるものではない。
そこかしこから湧き出る人の波に、めまぐるしく過ぎる日常。時間に追われ立ち止まる間もなく進むしかない毎日は、生きているうち、人間であるうち延々続いていくのだろう。
スーツ姿の会社員が立ったまま船を漕いでいる。かくりと折れる首を時折覚醒した意識で持ち直すが、それも長くは続かないようだ。その腕が抱える金色の包み紙が電車内にはひどく不似合いで、苦笑が浮かぶ。
車内を見渡せば、無機質な壁や天井のあちこちを赤と緑の二色が飾り立てている。メリークリスマスの決まり文句に、ツリーを背景にあしらった広告が目に痛い。
くしくもホワイトクリスマスを絵に描いたようなこの日が、神様の誕生日だということを、どれだけの人が意識しているのか甚だ疑問である。
不意に、ポケットの中でケータイが震えた。俗に言うルームメイトの名前が画面に点滅する。息を吐いて薄いそれをスライドさせれば新着メール一件の文字が表示されていた。メール画面を開いたのと同時にアナウンスが降車駅の名前を告げ、双葉は人の波に押し出されるようにホームに立った。
肌を刺激するような夜の冷気に身をすくめ、寮への帰路を辿る。
某都立大学の付属寮はその名があるにも関わらず大学そのものから電車で二駅、寮から最寄り駅まで徒歩十分という微妙な立地にある。けして新しいとは言えない外観は、築云十年という歴史的かつ古ぼけた四階建ての鉄筋コンクリート建築だ。
外観に違わず造りの方も前時代的で、浴室・トイレ・簡易キッチンは共同である。六畳一間に二段ベッドと机が並ぶだけの簡素な部屋が寮生の自室であり家だ。
初老の守衛に頭を下げ、雑然とした廊下を進む。薄暗い階段を四階まで上がった突き当たりの角部屋が双葉の部屋だ。
室内の電気は消され、同室者の姿はない。荷物を置いたその足で談話室に向かうと、騒がしい声が聞こえてくる。


「だからさあ、何で?何で全員ケーキなわけ?」
「クリスマスって言ったらケーキとサンタクロースじゃんよ!」
談話室の襖を開けば、顔馴染みの三人が車座になって騒いでいる。室内に足を踏み入れた双葉にいち早く気づいた仲谷が、ぱっと表情を明るくして座布団を横にずらした。
「おかえり双葉」
「バイトおつかれ」
「おつかれー」
同じように顔をあげた水沼と菅谷も双葉に笑顔を向けた。
「ただいま。何騒いでんの」
仲谷の隣に腰を下ろし尋ねたと同時に、同じ形をした箱が三つ並べんでいるのが視界に入った。白い正方形の箱が二つと、わずかに縦長の箱が一つ。中身は言わずもがなと言ったところだろう。
「今夜のクリスマスパーティーは、ケーキ三種食べ放題だよ!」
ぐっと親指を突き出し、丁寧にもウィンクのおまけつきでそう告げた菅谷に水沼がため息を吐いた。その横で苦く笑う仲谷が箱を開けていく。生クリームにチョコレート、それから可愛らしいデコレーションのブッシュドノエル。ひとつひとつを見ればどれも美味しそうで魅力的である。しかし、こうも甘い匂いと甘味を持ったものが三種、律儀にワンホールずつ並んでいれば、この部屋の空気も理解できるというものだ。
「飲み物は一応あるし、あと酒も!」
「うわあ…一気にメタボまっしぐらじゃん」
いつの間に取り出したのか、発泡酒やらペットボトルが紙コップと一緒に並べられている。手際よくそれらを配っていく菅谷は誰より楽しそうだ。
「菅谷は何でそんなに楽しげなわけ?」
「おれ、甘いの大好きだもん。ついでに言えば酒も好き!」
満面の笑みで返した菅谷は、自身の紙コップに並々と酎ハイを注ぐ。その横で水沼が苦笑して双葉にフォークを手渡した。
「よし、菅谷。いざとなったらお前に全部任せる」
「仲谷もがんばろうって!甘いの好きでしょ?」
「こんなに食えるか!」
「はいはい、それではコップを持って」
「総じてマイペースだな!」
「それでは、聖なる夜に寂しく過ごす俺たちに乾杯」
「かんぱーい」
「ぜんっぜん嬉しくねぇ」
菅谷の音頭で付き合わせたコップが、クリスマスパーティーとは名ばかりの飲み会の始まりを告げた。





Merry merry Christmas!










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