春の宝石
小さい時から自分の名前が嫌でならなかった。
言うに事欠いて、梅だと。
女にならまだしも、生物学的にも外見的にも男の俺に、『梅』なんてネーミングセンスの欠片もない。
例えば、仮に木島梅という人間が、俗に言う美少年と称されるそれだったとしたら、小さく愛らしい花の名も有り得ないものではなかっただろう。
しかし残念なことに、『梅』という名からはかけ離れた男だ。自分のような男に梅の花など笑い話にもならない。
それに、なんとも失礼な話だが梅の花と言われても、はっきり言ってピンと来ない。花の名を付けるくらいなら、せめて桜だとか第三の群居のように山茶、もしくは椿にでもしておいてくれれば、華々しくて恰好もついただろう。
梅。
その名前は俺にとって、忌々しいものでしかなかった。

「きじま、うめ…?」
「――…何、」
「ウメって花の?春に咲く?」

ほら、きた。こうやって次にくるのは「似合わない」だとか「珍しい」だとかそんな台詞だ。今、眼前でこちらを見上げているこの男だって、同じことを言うに違いない。
別段その単語に腹が立つ訳ではない――否その色合いにもよる――が、幼い頃から何度も言われていれば、耳タコにもなる。
自然と無愛想な口調になる木島を、眼前の彼はまじまじと見上げてくる。頭一つ分低い位置から向けられる視線に気まずさを覚え、眼鏡を直すふりで視線を逸らした。
途端、明るい声音が鼓膜に触れる。
「そっか!同じ春仲間だな!」
「……は?」
あまりにも唐突な発言に眼前のそいつを見やれば、にかりと満面の笑みが飛び込んだ。
「俺、伊東春近ってゆうんだ。梅も春に咲くだろ?同じ春じゃん」
な?と見上げる笑顔に、一瞬言葉を忘れた。
無茶苦茶すぎる定義だ。
春イコール梅なんて等式を恥ずかしげもなく、いとも簡単に口にした。
思わず顔がにやける。
「って…何笑ってんの?」
「いや別に?」
弛む頬を見咎めて眉を寄せる伊東に、肩を竦めればわずかに不満げな声が漏れる。が、それも束の間、次には出身地はどこだとかそんな話題を口にし始めた。
ころころと表情を変える伊東に苦笑が浮かぶ。まるで子供みたいだ。
「ああ、そうだ」
「うん?」
「よろしくな、伊東」
「こっちこそ。これからよろしく、梅」






今はこの名前も嫌いじゃない、なんて。





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