蜜色ロジック
仕事を終えた高頼は、重い身体を引きずって帰途についた。
昇格試験を間近に控えたこの日、試験を控えた第六部隊の面子は死に損ないの虫のような様相を呈していた。本来昇格試験の類は強制ではないが、片瀬の意向により高頼を含む五人に受験が命じられた。
もちろん拒否権はない。認められるのは合格の二文字だけだ。試験にパス出来なければ、片瀬自ら指導に立つと宣言され高頼を含む五人は死を覚悟した。
片瀬隊長の手にかかることだけは何が何でもあってはならないというのが五人の共通認識である。
歩く度、カンカンと音を立てる階段を上り、突き当たりの部屋に辿り着く。鍵を差し込もうとして、微かな違和感に高頼はまさかとそのままドアノブを回した。何の抵抗もなく開いた扉に、ため息を吐いて中に入る。
廊下を突っ切り、リビングに続く扉を勢いよく開ければ、そこには予想に違わぬ人物の姿がある。
「……お前…」
「あ、お帰りなさい」
我が物顔で振り返ったその手には、有名メーカーのアイスクリーム。それはあれか、うちの冷蔵庫に入っていたやつか。
「お帰りなさい高頼さん。ご飯にします?お風呂にします?それとも僕?」
「突っ込み所は大いにあるんだが、まずお前はどうしてここにいる」
「やだなぁ、ノリ悪い。それはですね山を越え三千海里を荒波に揉まれやっと話せる長い理由がありまして」
「よし、聞いてやるとりあえず50字以内にまとめろ」
「お腹が空いたが、冷蔵庫には何もなく給料も底をついたので、ここは高頼さんにたかるしかないと思って」
「47字、ぎりぎりだな」
「数えてたんですかー」
「どうやって入った?」
「その辺に落ちてた安全ピンに細工して、ちょいちょいと…」
「お前もう前線辞めて諜報行けよ…」
がっくりと肩を落とし、額を抑えた高頼に麻井はぷうと頬を膨らませた。可愛いと言えば可愛いが、こいつがやると腹立たしいのは何故なのか。
「やーですよ、不適任って言われたとこにわざわざ行きたくないです」
「へーへー、そうですか」
深い深いため息を吐いて、次の間のキッチンを見やる。そこに料理があるはずもなく、今朝片付けた食器がそのまま水切り籠に並んでいた。
「まあ、予想はしてたんだけどさ…」
この分では、風呂だって沸かされていないのだろう。最初の選択肢で選べるものなど一つもないではないか。
「高頼さんご飯何ですかー」
「……鯖の味噌煮」
「いいですねー、白米鯖味噌お浸し味噌汁デザートはアイスとかー」
「あーあー、もうお前シャワー行って来いよ」
歌うように節をつけてスプーンを揺らす姿に、何も言う気になれず押し入れから引っ張り出したタオルを投げつけた。
眼前で遠慮など微塵もなく料理を平らげる麻井に、こいつは俺のヒモかと内心で悪態を吐いた。
最後の白米を咀嚼して麻井は手を合わせる。
「ごちそうさまでした」
「おそまつさん」
「高頼さん、いい奥さんになりそうですね」
「止めてくれ…。満足したなら遅くなる前に帰れよ。明日も仕事だろ」
にへらと表情を緩める麻井に頭痛を覚えた。額を片手で抑え深く息を吐く。
灰皿を引き寄せ、白いパッケージから煙草を抜き取る。安っぽいプラスチックのライターが音を立てて着火すれば、肺の中を紫煙が満たした。
「高頼さん」
不意に聞こえた声に顔を上げれば真っ正面から麻井と目が合う。
「何、」
「僕はいらないんですか?」
「は?」
口の端に挟んだ煙草がほろりと落ちる。慌てて灰皿に移しながら、麻井を見やればあっけらかんとした口調で小首を傾げた。
「お風呂にご飯ときたら次は僕でしょ?」
「そんなに肉体労働がしたいなら食器片付けてけ」
「つれないなぁ」
「馬鹿が。誰がお前に欲情するかっての」
「試してみなきゃわからないですよ」
案外はまっちゃうかも、などと呟く麻井に、一遍腐れと悪態吐いてまだ半分も吸っていない煙草を灰皿に捻消した。
「どうしても駄目?」
「…駄目。あと一週間で試験なんだ」
「試験が終わるまで?」
淡々と問いかけてくる麻井に、何故だか腹が立つ。ぐしゃぐしゃと頭を掻き乱し、ともすれば怒鳴りつけそうになるのを必死に抑えた。
「お前と俺はコイビトじゃない」
「セックスはコイビトじゃなくても出来るよ」
「そうゆう問題じゃないだろ」
「そうかな。僕は高頼さんとなら」
「麻井、それ以上言うつもりなら今すぐ叩き出す」
「……、」
吐き捨てるような高頼の台詞に、麻井は小さく肩を震わせた。その姿にかすかな罪悪感が胸を刺したが、気づかないふりをして立ち上がる。
その動作にすら、わずかに反応する麻井に我知らず吐息が零れた。
「風呂行ってくる。鍵は開けといていい」
「……はい、」
(ああ畜生。)
振り返らないよう浴室の扉を音を立てて閉めた。
恐らく、怯えさせてしまったであろう麻井の姿を思い出したところで舌打ちがもれた。








わずかに伏せられた目に、暗い影が落ちたのを見てしまった





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