奇跡の代名詞
※ぬるいR15
※痛い・暗い







靄掛かる頭の中に浮かぶのは、些細な幸福に溢れた日常のことばかりだ。
繰り返し殴りつけられた痛みと右手から溢れる血液とで、思うように動くことが出来ない。
申し訳程度に止血に巻かれた布は、血液を含んで赤黒く変色していた。含みきれなかった血液が地面に滲み、赤い水溜まりを作っている。
よくこれで今まで意識が保ったものだと不思議に思うが、しかしそれも頭上できつく拘束された手首によって血流が鈍くなったからにすぎないと、朦朧とする頭の片隅で酷く冷静な自身が言った。
「トんじゃった?」
「なあ、どこ見てんだよ」
無造作に顎を掴まれ、正面を向かされた。視界の中に黄色く変色した電球と、瓜二つとしか言いようのない悪魔の顔が映る。意地の悪い笑顔を向ける彼らは、先程から酷く楽しげに暴力を振るった。
「こっち見なよ」
言うと同時に、既に感覚のない腰をぐいと突き上げられれば、それでも体の奥で浅ましく疼く熱に掠れた声が漏れる。
それに気を良くしたらしい片割れは、すぐさま行為の続きを再開した。痛みも何も、感覚が麻痺している。どろどろに溶けたような下肢が突き上げられる度、機械的に喘ぎ声が口をついた。
そこに矜持の類が残っていたとして、舌を噛んで死ぬという選択肢は陽人の中で万が一にも有り得なかった。今ですら、生に縋りつく傲慢な欲求を捨てようとは欠片も思わない。
それはまるで一つの信仰のようなものだ。
救出が来ないことなど先刻承知の事柄である。不利な条件を以てまで助けられる地位も、価値も陽人は持っていなかった。
一のために百は動かない。
それが軍というものである。
「ね、片瀬蒼は来るかな」
くすりと笑って当初から何度となく繰り返している台詞を、片割れが口にした。
この双子は妄信的なまでに片瀬蒼という人間を作り上げている。他部隊の兵士のために片瀬などという大物が現れることなどどう仮定しても起こり得ないのにも関わらず、だ。
酷く滑稽であると同時に、その名を聞かされる度、わずかな光が差し込むことに陽人は目頭が熱くなるのを感じた。








確率は、百分の一にも満たないけれど。



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