その時たしかに
全く以て報われない思いをしているらしい、友人やら同僚に思いを馳せながら生野は紫煙を吐き出した。
あの三角形のベクトルが互いに向き合うことなど万が一にも有り得ない。何せ、過去の産物たる人間が影となって図形の一角を陣取っているのだ。
「死人に口無し、ってな」
傍らに横たわる滑らかな白い肩に唇を落とすと、くすぐったそうに布団の中で身をよじる。
その様子に苦笑すれば、行儀の悪い脚に脹ら脛の辺りを思い切り蹴りつけられた。
「何でそんな素直じゃないかね」
漏れた台詞に答える声はない。それもそうかと内心でごちて苦笑する。
枕元から灰皿を引き寄せて、二度縁を叩いた。ほろりと皿上に落ちた赤い火種が一瞬のうちに白い灰へと変わる。
「あいつは何で死んだんだろうなぁ」
再び紫煙とともに吐き出した台詞が狭い室内に響いて消えた。
何が春近を自殺という結論に導いたのか解る者など居はしないだろう。あの木島ですら、春近がそれほどまでに追い込まれていたことに気付かなかったのだ。
期待のエースはその圧倒的な能力を持ってしても、自身の精神には勝てなかった。
しかし、どんな考察も今更と言えば今更だ。
そして生野の胸中に苦く取り残された想いも今更としか言いようがない。
春近が死んで、ようやく自身が彼に恋心を抱いていたことを知った。
全く以て馬鹿げた話である。
自殺という軍にとって不名誉極まりない最期を遂げた春近に華々しい葬儀は当然ながら行われない。ただ、気の良い軍医と変わった墓守のおかげで火葬だけは密かに行われた。
軍医によって化粧を施された春近は酷く美しかったと記憶している。白い薔薇を抱いた春近を入れた棺が炎に包まれていくのを、緩慢に痛み始めた胸を抑えて見送った。
こんな時ですら涙を流すことを知らない自身の何と滑稽なことか、自嘲の笑みすら浮かばなかった。
傍らで泣き崩れた木島を羨ましいとすら思ったのである。
「俺はもう人間じゃないのかもねぇ」
無意識に呟けば、はあ?と憤りを含んだ声が応えた。
「年中盛ってる時点で立派な人間だよ、あんたは」
「……そうかなぁ」
「絶対そう」
酷く失礼なことを言われた気もするが、しかしその言葉にすら安堵を覚える自身は相当病んでいるのかもしれない。
緩む頬を隠しもせず、短くなった煙草を捻り消して灰皿ごと枕元へ押しやる。
そのまま布団に潜り込み、しなやかな身体へ腕を回した。
「じゃあ人間の性ってことで、もう一回」
耳元で囁いた直後、鳩尾に埋め込まれた肘鉄に苦笑する。
無言を決め込んだらしいその柔らかな髪に口付けをして生野は目を閉じた。



その時確かにをしていた



いまここにある温もりがわたしをひととしてつなぎとめてくれるのです。








戻る


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -