アスピリン
吐き気を催す程の痛みに、椎名は額を手の平で覆った。この苦痛をわかってくれる人間など、そうはいない。自然に皺の増える眉間と、目つきの悪くなる顔に喋ることも億劫になる。
規定量の倍の薬を水で流し込み、それでも足りずもう二錠流し込んだ。すぐさま痛みが引くわけなどないと解ってはいるが、こうでもしなければやっていられない。
傍らでその様子を見ていた篠塚が、あからさまに顔をしかめた。ぎろりと三白眼で睨みつけてやれば、篠塚は下唇を突き出してこちらを見つめてくる。
「………何だよ」
「しぃ、飲みすぎ。さっきも飲んだでしょ。いつか死ぬよ」
布団に突っ伏す椎名のすぐ傍まで寄ってきた篠塚が、ベッドの端に腰を下ろす。二人分の体重を受けたベッドがぎしりと鳴いた。
「万年健康体のお前にこの苦しみはわかるまい」
「どうせね。知ってんよそんくらい」
毎度のことじゃん。と、乾いた笑いを零す篠塚に、返す言葉も言葉を発する気力もなく枕に顔を埋めた。
頭の中に心臓があるようだ。どくりどくりと脈打って、脈打つ分痛みが増す。目の前がチカチカと極彩色に彩られればもうお終いだ。今晩眠れるか、否、食事を取ることができるかすら危うい。
気持ちが悪い。頭から直に揺さぶられて、神経が内臓に繋がるようだ。胃がずしりと重く怠い。この分では食事など、到底不可能だ。元より、空腹感など感じてはいなかったが。
「しぃ、」
「………喋りたくない。寝かせろ」
「はいはい。わかってるよ」
「……気持ち悪い」
「後で冷たいもの持ってきてあげるね」
言いながら、後頭をかき混ぜるように撫でる篠塚の手は、酷く冷たく心地よかった。
「ゆっくりおやすみね、椎名」
軽口じみた言葉はしかし酷く優しい。伏せた眼球を覆う熱い膜の感触にぎゅうとシーツを握りしめた。
「おかーさんが看ててあげるからねー」
「……うざ、」
心にもないことを言う。そういうお前は母親とやらに愛情を注がれたことがあったのか。否、そんな話は今まで一度たりと聞いたことはない。
しかし、その巫山戯た口振りが心地良いと思えるほど、今の自分は弱っている。
「しぃ、早く治るといいね」
顳辺りに触れる冷たい手の感触に肩の力を抜いて白いシーツに身を委ねた。





((安心する、なんて口が裂けても言えないけれど。))






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