ナイフと花束
例えばそれは、一種の快楽に似ていた。所詮、殺人人形である。人の生き死ににそこまで思いを馳せたことは一度もなかった。生まれれば、遅かれ早かれ行き着く先は死だ。それが自然の摂理たる真理であり、鴉鳥が思う人間であった。







硝煙の香が鼻をつく。彼方此方で鳴り響く破裂音と断末魔の叫びはさながら交響曲のようだ。赤と黒とに彩られた舞台は、何とも似合わない真夏の日差しに照らされて、陽炎に揺れている。
掲げる刃の鋭い切っ先がギラギラと照りつける太陽を反射して輝いた。一閃、その切っ先が閃いた直後には、濃厚な赤が飛沫を上げる。
「……あちぃ、」
倒れた巨体を一瞥して、鴉鳥はその顔を嫌悪に歪めた。
先程から脳裏にちらつく顔が疎ましい。鼓膜に蘇りこびり付く声のなんと喧しく甘美なことか。
右側から斬りかかってくる敵兵の雄叫びが鼓膜を震わせる。
(……五月蝿い、)
今まで聞こえていた筈の声が消えた。此方側に呼び戻してくれた敵兵に密かに感謝する。
しかし何故か、あの喧しく鴉鳥を諫める甘美な声が酷く恋しかった。
ガチリと、鈍い音を立てて刃がぶつかる。互いの刀身で支える重さは、果たして同等とは言えなかった。拮抗状態は長く続かず、鴉鳥が腕に力を込めれば容易く相手方の刃が弾ける。
「ひっ…」
喉を鳴らしよろめいた敵方の兵士を一瞥し、鴉鳥は無情に腕を振り上げた。
『あとり、』
再び過ぎる彼の声に、鴉鳥の動きが停止する。
恐慌を来す表情で此方を見上げる兵士は気付く様子もなかったが、鴉鳥の意識は別のものに向きかけていた。
一丁前に恋をした。殺人人形などと恐れられる自分がどうしてか、彼にだけは頭が上がらない。しかし、彼は救う人間だ。鴉鳥のように奪う為にある者とは正反対にある。まるで、釣り合わないことはつくづく承知していた。
奪えないから救う側に転じた彼と違い、鴉鳥にとって奪う側は天職である。先程から脳裏にちらつく顔は、肚の底では何を思っているのか、想像しては吐き気がした。
「…、んでッ…」
ぎしりと奥歯を噛み締める。
いくら彼が鴉鳥に対し何を思おうと、所詮鴉鳥は奪うことしか出来ないのだ。
振り上げた刀を一度薙げば、地面にまた一つ赤が増える。
耳に蘇る甘美な声もちらつく顔も身体の奥深くに押し込んで、鴉鳥は再び刃を煌めかせた。
天に燃える黄金色が、憐れむような顔をして濃灰色の影に隠れていく。
地上に堕ちる幾多の兵士を、涙を流した空が見ていた。



(まるでそれが彼の心だと言うような)


あなたの声が、

---------------
相互記念で書いたものでした
志摩様に限りお持ち帰り可です




戻る


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -