白衣とライフル
手に入れた情報片手に、彼はふらりとこの部屋を訪れた。真白いリノリウムの床や壁は、彼の嫌悪の象徴となったがこの部屋の住人は何故か嫌悪の対象とはならない。むしろ、その逆であると気が付かされたのは極最近のことである。

「あんた、元軍人だったんだってな」
「突然来て何を言うかと思えば…」

唐突な鴉鳥の台詞に、白衣の男は書類の束から顔を上げ、目を瞬かせる。しかし、鴉鳥は構わずつかつかと机まで歩を進め、机上の書類の山に何枚かのコピー用紙を投げ置いた。

「第一連隊隊長補佐、鳴上恭丞。これ、あんたのことだよな」
「よく見つけたなぁ、こんな古い名簿」
「すかしてんじゃねぇよ。なあ、あんたさ何でこっち側に来ちまったんだ?そのまま昇格してりゃあ、一連隊の隊長じゃねぇか」

紙面に目を走らせる鳴上の目は無感動だ。さらに問い詰めれば深い溜め息を吐いて、取り上げた紙面を放り投げる。

「お前にはわからないだろうけどね。俺は人を殺せないんだよ。恐ろしいのさ、この手が誰かを終わらせるということが」
「…っ、はははは!人が殺せない軍人とはな!情けねぇ、情けねぇな軍医さんよぉ」

途端、弾かれたように笑い出した鴉鳥に鳴上は酷く不快そうに、しかし悲しげに眉を顰めた。
けらけらと笑い続ける少年に息を吐いて、その腕を掴んで自身の方を向かせる。

「わからないだろうお前には。誰にも親がいるように、今日お前が殺した奴に同じように親がいることも、誰より愛しい人間がいたことも。お前は一度もそんなこと考えなかったんだろ」
「はっ、当たり前だ。俺にそんな奴らはいない。それに、それを解って戦場にいんだ。わからねぇ奴が理解できねぇ」
「死んでもいいなんてことは誰にだってないんだ。鴉鳥、考えろ」

酷く真剣な目をしている。自身を見つめる鳴上の双眸に不意を打たれた。一気に頬が熱くなる。掴まれた腕を振り払って、白衣の男を睨みつけてやれば、その男は相変わらず真剣な目でこちらを窺っていた。

「おい?鴉鳥、顔赤、」
「うううるせっ…!お前なんか知るか、ターコ!!」
「は?ちょ…」

待てと言う声も最後まで耳に届かない。
破壊的な音を立てて開かれた扉から鴉鳥が飛び出して行くまでほんの一分もかからなかった。
後に残されたのは、無惨にも蝶番が一つ外れた医務室のドアと、呆気にとられた軍医ただ一人。



((あの、天然誑しめ!))


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