さよなら日常

君の躯を探そうとしている。
戦渦に散った君の心と躯を集めて抱きしめるよ。



銃口は真っ直ぐ。狙うのは、
「此処、」
彼の手が導いたのは紛れもなく彼自身の心臓で、制服の上から押し付けた銃口がぶれないようにと銃身を固定している。
そんな彼の手と、相変わらず感情の読めない顔にぞくりと背筋が震えた。
「な、なは…」
「外すな。お前が何でも出来ると嘯くのならこれくらいしてみせろ」
「なに、言って」
「俺を殺して逃げるってんなら、ひと思いに殺ってもらおうと思ってな」
だってお前射撃下手だろ。なんてさらりと口にして、唇の端で笑う。
ああ、いつもの表情だ。
「そんなの…ずるい、」
「殺すなら殺せ。今なら逃げれるだろ」
「ッ、は…ぅ…」
信じられない。
無意識に漏れる呻き声に首を振る。
「迷うな。一発で逝かせろ」
「なな、はし、さ…」
「撃て、佐倉」
狡いと思った。この人は何もかも分かっていて、佐倉悠という人間がそんなこと出来ないと知っていてそんなことを言うのだ。
裏切ったのは、誰でもない。自分自身だ。いつからそれを知っていたのだろう。知っていて、彼は今の今まで何も言わずにいたのだ。
最後の最後、この時まで自身の行いを刻みつけろとでもいうように。
まるで愛撫だ。最後の最後、全ての終わりにこんな言葉を、言わせるなんて。
「…ッ、きな…」
「……」
「でき、ない…そんな、だって七梁さ…」
「……ばーか、」
不意に微笑って、彼の、七梁さんの手が、引き金にかかっていた指に触れた。さらりと指の腹が固まった関節を撫で、重なる。その感覚に身体が弛緩した。

「お人好し」

囁かれた声音は相変わらず、揶揄を含んだ低音で、その後遅れて聞こえたくぐもった破裂音の正体がなんなのか、不思議な気分で考えた。
眼前に立つ金色がびくりと跳ねた。ぐらりと傾ぐその身体を呆気にとられたように眺める、その何と滑稽なことか。

「っあ、あ、ぅあ、ぁああッ!」

喉の奥から苦い感情が、後悔と一緒に溢れ出て真っ白に染まってゆく思考に溺れた。
背後から聞こえる足音に、しかし何も反応できないのは、まるで彼の呪縛のようで。
呟いた名前は遅れてきた喧騒の中にかき消えた。







この赤が優しい暴君の物なのだと。






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