手向ける言葉
気が付いたら何時の間にか独りになっていた。というのが相応しい。
一人、また一人と友人や部下が還らぬ者となる中、自分だけが悉く生き残ってこれたのは奇跡としか言いようがない。だがしかし、傷だらけで帰還する度、親しい者の死を伝えられるのは自身の死を宣告されることと同じように思えてならなかった。
墓標の数が増え、知人は悉く減っている。そのおかしなまでのロジックは今尚延々と続く、まるでこの馬鹿げた戦のようだ。
墓の面積が広がるから、限られた土地でしか埋葬はできない。誰かの上に誰かを重ね、墓標に新しい名を刻む。すでに定員は一杯で居場所は定かでないと言われているが、その実、誰がどこに埋葬されたか鮮明に覚えている自分はやはり少しいかれているのかもしれない。一番古い記憶は十数年前。自分と同期の大隊長だった。それから一時、ぱたりと死神の訪問は途絶えたが、それからほんの数年後部下の一人を始め、五人の顔見知りが逝った。その時の戦の死者数は優に数百を超えた。
今でも、その五人のことは記憶している。五人だけではない。劣化する記憶の中で彼ら死者のことだけは鮮やかに覚えている。すでに過去の者だと嘲笑う輩もいるだろう。
事実、一度の戦で命を失う者は数多といるのだ。いっそ忘れてしまった方が精神的にどれだけ優しいか彼らは知っている。
けれど、それでも忘れることは出来ない。未練がましい酷く滑稽なことかもしれない。恐らく逝ってしまった彼らにも笑われてしまうだろう。
忘れたくないから忘れない。
こんな単純明快な等式をわざわざ口にする必要はないだろう。
「また、桜が散ったな」
この桜が散るのを見るのは何度目になるだろう。毎年律儀に咲いては散る花を、過去と重ねて見る。身の内で首を擡げるのは懐古と後悔の念。声も表情も彼らという一個単体の全てを忘れてはいないのに。
「この花を見るのも今年が最後かもしれないな。なあ、片瀬」
小さな呟きに「去年も同じことを言っていたくせに」なんて笑いを含んだ声が答えるのを何処か別の場所で聞いた。
「皆川第三師団長。准師団長がお呼びです」
「今行く」
敬礼とともに向けられた台詞に頷いて、白い墓標の前に火を点けた真新しい煙草を落とす。この男の遺言の一つを今でも守っているのだ。少しは感謝しろよと内心で呟いて墓標に軽く触れた。
「今度、俺も一緒に墓参りに来てもいいですか」
「八知、俺に気を使っているならそれは不要なことだぞ」
「そういう訳じゃないんですけど」
苦笑して隣に並んだ八知は、少し悲しげな表情をして手を合わせる。思えば彼もまた自分と同じなのだと思い至った。戦場を共に駆け抜けた戦友が今では半数になったと呟くのを聞いたことがある。
「片瀬は、いい上司だったか?」
「無鉄砲でたまに子供っぽいところもありましたけど、だけど、俺にとっては今もこれからもずっと尊敬できる一番の人です」
皆川さんの前で失礼ですけど、と照れたように笑う彼を見て俺も同じだと呟いた。
「親友と悪友と好敵手を一度に失くしたことになるな、俺は」
「こんなくだらない戦、さっさと終わればいいと思います」
「ああ、」
そうだな。と、噛み締めるように呟いて立ち上る紫煙を見つめた。
黒い土に重なり落ちる淡い桃色の花弁が小さな炎に触れて燻ぶるのが視界の端にわずかにぼやけた。





ひらり落ちる

(まるで人の一生のようです)








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