灰色の彼方
ひとつまたひとつ、墓標が増える。ここ数年だけでも五千近い墓標に名を刻んだ。
知り合いも赤の他人も全ての名前をこの手で彫った。
彼らの人生がどんなもので、どんな結末を迎えたのか自分にはけしてわからないことだ。


「しぃ、お仕事だよ」
「わかった」


運ばれるのは担架に乗った既に息絶えた誰かの躯。この区画で生者は墓守である自分と彼の二人だけだ。
死体を覆う白いシーツを退けると血の気のない肌が露出する。


「………馬鹿、」
「しぃ?」
「馬鹿だ。どいつもこいつも自分の命を投げうって、こんな馬鹿げたゲームに興じて、得られるもんなんてないだろうが」


この世界はくだらない戦争ゲームの中で廻っている。
始めたのは何処かの誰か。それが神でないことは周知の事実。
始まりはただの暇潰しだった。
舞台は世界という巨大なチェス盤、駒は生きるもの全て、特殊ルールのせいで駒が無くなることもない。永遠続くのかと思うほど、勝敗のつかない引き分けゲームだ。事実、この争いは終局の一端すら見せようとしないでいる。
誰かが持て余した時間は、何千何百年の時代を経て尚続く巨大な戦争ゲームに成り果てた。
あまりにも無意味で虚無的な空っぽの争いには、理想も理念も信念もない。どちらが正義でどちらが悪か、そんな初歩的な実情すら判らない。
それらに気付かない振りをして、盤上のルールに操られることがどれほど愚かであるか。
皆が理解できない筈もない。けれど、理解していようがいまいが、このゲームは途中棄権すら許されていないのだ。


「…もしかして、知り合い?」

遠慮がちな声に、こいつは気遣いというものを知っていたのだなと感心した。
しかし、他人の死など蟻を踏み潰した程度にしか考えていないくせに、そんな表情で顔色を窺う様子が実は腹立たしく思えるのも事実だ。


「さぁ、どうだろう」
「しぃ…この人は西の、」
「死者の身分は漏らさないのが鉄則。さっさと柩を用意しろよ」
「……仰るとおりに」


墓守は死者の身分を知ってはいけない。死んで躯になった時点で知人も家族も友人も、あるいは恋人すら赤の他人になる。
墓標のいくつかは親しい誰かだった。今はもう顔すら思い出せない、大切な誰か。
きっと今、目前で横たわる躯のことも、いつかは忘れてしまうのだ。
この人間が存在していたことすら忘れてしまうのかもしれない。


「今度生まれたらお前はここに居るんだろうかね」


当たり前ではあるが答えてくれない躯の傍らに、ポケットから煙草を一本抜いて置いた。




(この顔もあの声も忘れたいと望んだことは一度だってないというのに。)





さようならもひつようない



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