かくも語りて
この時期になるとよく同じ夢を見る。忘れたくて仕様がない不快な過去の夢だ。
梅雨と夏の合間であるこの季節と同じ湿っぽくて陰気な過去の残骸は、夜毎追いかけて来ては贖罪と懺悔を迫る。その所為で眠れぬ夜もしばしばだ。
それは、自身の根底に微かに残る自己嫌悪の賜物であり、他人(主にあの隊長)に言わせれば勘違いも甚だしい勝手な罪悪感の成せる業だという。
言われずともわかっていると突っ撥ねてはみるが、夜になればまた同じ夢の繰り返しでいい加減うんざりする。
いつになっても開放される事はない、否、捨てられない罪悪感が未だ心の奥底に沈澱しているのだ。
そんな自身の弱さに反吐が出る。


『七梁、』


名前を呼ばれる度、背筋が震え懐かしさに目の奥が熱くなる。喉を締め付けられるような感覚。呼吸もままならない状態で背後を振り返れば、あの人の最期の場面に切り替わる。
雨が降る直前の湿り気を帯びた生温い風に晒されて、あの頃の非力な自身が茫然と立ち尽くしている。
客観的立場から見るそれは、まるで出来の悪い映画か何かを見ているようで吐き気がした。
まだ無知で世間知らずな子供の眼前には、一人の青年が横たわり、いよいよ死を迎えようとしていた。
ひゅうひゅうと気管から息の漏れる音が聞こえる。
夢のくせにやけに鮮明な映像に、身体の底から冷たいものが這い上がって来るのを感じた。
力なく膝を付いた非力な自身は、死を目前にする青年を腕に抱えて呼び慣れたその名を何度も何度も口にする。
それがどんなに無意味な事か教えてやりたい衝動に駆られるがこれもまたいつものことだ。
やがて青年が涙目の子供に向かって青白い顔で笑った。
それは壮絶な光景だったと記憶している。
今にも息絶えそうな身体のくせに、その人はいつもと変わらない笑顔で、しかし口の端から鮮血を流しながらわずかに口唇を動かした。
最期の言葉に耳を近付ける。
途端、


『お前が殺した』


耳朶に触れどろりと流れ込んで来る台詞に、幼い自身が息を飲んで目を見開いた。
瞬間、哄笑が木霊する。
濃紺の空に反響してさらに大きく響き続ける笑い声に腕の中の青年を見やれば、全く別人の男が嗤う。


『お前が殺したお前がお前がお前が!』


罵声と哄笑を高らかに男はふらりと身体を起こした。
対する自身は微動だにせず座り込んでいる。
次の瞬間には男の手が首を掴んで締め付けた。
気管が潰されて、苦しさで涙が滲む。
こんな時だけ律義にも傍観者たる自身に感覚が与えられるのには、いつもの事ながら閉口する。
酸素を求めて口を開閉するが無駄な行為だ。
意識が途切れる。
ブラックアウト。


そこで夢は終わる。


目が覚めれば、残るのは不快感のみだ。
自身を殺したい衝動が襲うがそれは到底無理な話で。
結局は、弱い自分のくだらない騙りごとなのだ。






(かくも騙りて)





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