ギザギザハートが痛む
真っ黒なハートに茨の棘が突き刺さったその日。まるでそれが当然の事象であるがごとく、突き刺さった棘はやがて深く食い込み白く膿んだようになる。
狂い始めたのも凡そその頃だ。
「どうして。どうして、どうしてどうしてどうして」
「……」
永遠続く問い掛けの答えは見つからず酷く緩慢で曖昧な時間のみが過ぎていく。
問い掛ける声は未だ尚続き、白く膿んだハートを抉った。抉られ刺されたハートは赤黒い血を流し熱を持って酷く疼く。
縋りつく白い手をそのままに、しかし耳を塞ぐ両手の自由だけは確保してある。目を閉じ耳を塞げばわずかに苦痛は和らいだが、依然真っ黒なハートは焦げ付いて錆のように堅く脆い。
すぐに剥れる意思の弱さは一級品だ。こそげ落とす必要もない。勝手にはらはらと削れ落ちて、しかしハートは焦げたままである。
「ねえどうして?」
「……」
濡れた瞳に見つめられ、心臓が悲鳴をあげた。さらに深く抉られ血の涙を流す。
しかしそれが何という感情なのか解らない。
このハートは最早使い物にならないようだ。新しいハートに取り換え可能な現在だが、真っ白なハートに換える気は今更毛頭ない。
滑らかな曲線は今やささくれ立って見るに堪えない状態である。原形すら危うい。
「ねえ、」
「しょうがない」
「どうして」
「もう帰って来ないんだから」
しょうがない。
はっきりと告げるのは困難だがしかしこの程度の曖昧さでは誤魔化せない事もまた知っている。何せ、病的に勘のいい人種だ。騙せる気など毛頭起こらない。
長い睫毛に縁取られた黒炭の目が見開かれた。
「帰って来ないんだよ」
「……」
「だから諦めて」
我ながら残酷である。
彼女のキーワードを口にした。最悪な神経だ。最低の精神だ。最低最悪極まりない人間だ。ギザギザで真っ黒のハートは痛みを通り越して感覚がない。
実際問題、この状況を作り上げたのは自身である。
ハートは痛む。しかし罪悪感は欠片も見出だせない。
おそらくそれは心の形をした器官がいかれてしまっている所為だろう。否、そんな感情は元から持ち合わせていないのかもしれない。
そろそろ潮時。
取り換え時だ。
やがて腐り落ちるはずのハートの器官に別れを告げなければ。
しかしながら、私はこの愛らしく悍ましい器官の名を知らないのだ。




ギザギザハートが痛む





この名前は、


お題元:譲二







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