ティンカーベルに口付けを
紺碧の蒼空を飛ぶ鯨が、星の欠片を噴き上げ仕上げたミルキーウェイ。シャラシャラと星が笑う夜、銀色の海鳥とフライトを楽しみ三日月のベッドで眠りにつく。
天候は良好。
風は凪ぎ、帆船の滑る白波の滑走路は本日も満員御礼。
海賊とワニの鬼ごっこを眺め悪戯好きの妖精と笑い合う。
美人な彼女と一夜のデート。妖精に拗ねられてそれ以降は自重した。
妖精は彼を愛していたし、彼も妖精を愛していたからいつも二人は一緒にいた。
それは極当たり前の事象でありそれ以外の事象はないも同然であった。
しかしそれは過去の話。遠い昔の事象は今となっては完全に無効。
蒼空飛ぶ鯨は灼熱の太陽に焼かれ、爛れて腐乱したその身体を水中に沈めた。海鳥は鉄の礫に頭を射抜かれ、その翼を無惨に折られた。瓦解した三日月と笑うことを忘れた星々が肩を寄せあい、濃灰色の雲の脅威に怯えている。
腐乱した鯨と首のひしゃげた海鳥を飲み込んだ海は、残酷な太陽の陽に照らされてじわじわと大気中にその成分を拡散させてしまった。
わずかに残った白波の滑走路も腐乱した二対に侵されて黒く濁る。
海上では遂に海賊がワニを撃ち殺してしまったらしい。
三体目の骸を飲み込んだ海はそれでもまだ海であることを忘れてはいなかった。
現在見えるのは、四角に切り取られた空と海。
閉塞的な空間に妖精の姿は終ぞ見えず、軟らかで甘やかな拘束は弛まない。
愚かな彼は大人になることを望んでしまった。
彼女がそう望んだからだ。
妖精はそんな彼を見捨てたらしい。今ではどんなにその名を呼んでも会いに来てはくれない。
彼はこんなにも君を愛しているのにと嘆いて泣いた。
あの愛しい妖精の姿を彼が見ることはない。





ティンカーベルに口付けを





頭上にあの頃のままの妖精がいることに大人になった彼は気付いていないのだ。





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