襲っちまえば楽なのに
頬に感じた強い衝撃で、ようやく自分が何をしたのか理解出来た。
眼前で、双葉の驚愕に見開かれた目がじっとこちらを見つめている。愛用の眼鏡はかけておらず、蒼白な顔は夕陽に染まっても尚白く、恐怖の色が浮かんでいた。その唇の端を夕陽には似ても似つかない紅が彩っていることにようやく気づく。
ゆっくりと大きく開いた襟元から手を離すと細い身体が壁伝いに崩れ落ちて床に倒れ込んだ。木目の上に横たわる双葉の華奢な上半身は常なら官能的であるが、今は酷く痛ましかった。
美しく浮かび上がった鎖骨やら細い首筋に鬱血したそれを見つけて、血の気が引いていくのを感じる。
「…ふたば…」
恐る恐る手を伸ばせば、指先が触れる直前に、双葉の身体が大袈裟なまでにびくりと震えた。触れかけた指先をぎゅうと握り締めて、再度骨張った肩に手を置く。ぐったりとした身体を起こし、ワイシャツを直そうと試みるが、存外強い力で手を払われた。
「双葉、」
「…触んな」
「ッ、ごめ…」
床に落ちたボタンを緩慢な動作で拾い上げる双葉を何も出来ず、ただ見つめる。
まるで時間が止まったようだ。遠く彼方でバットでボールを打つ硬い音が響いた。船の汽笛がどこか遠い異国を思って鳴いている。
今なら、死ねるかもしれない。
後悔先に立たずとはまさにこのことだと、身をもって思い知らされた心地だ。
「……ごめん、」
ふらりと立ち上がった双葉が、ぽつりと呟いた台詞に反射的に顔を上げれば、早くも扉に手をかけた双葉の姿があった。
「言い過ぎた」
「は…?ちょっ…!?」
慌てて立ち上がるも、あっという間に教室から立ち去った双葉を追うことなど、仲谷には出来るはずもなかった。


調



(どこまでも男前な愛しい子!)

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