欲求不満気味な狼
切羽詰まった声に促されて顔を上げれば、涙で濡れた真っ黒な瞳が視界に入る。
眼鏡をかけている普段とは違って、それだけでやけに色っぽく見えるのは、それがまさに最中だからだ。
いつもは憎まれ口ばかり叩く薄い唇も今は濡れて艶めいて、わずかに覗く赤い舌がやけに扇情的に見えた。
誘われるように唇を重ねれば、触れた部分から溶け合ってしまいそうな熱に浮かされる。舌を絡めれば双葉も同じように舌を伸ばして応えようとしてくれてまさに感無量、である。
「……な、かや…」
唇の間から漏れる甘い吐息に眩暈がした。
とりわけ双葉が何かをしてくれるわけではないが、必死に応えてくれる様子が愛おしい。
いっそこのまま溶け合って心だけになってしまえたら、どれだけ楽だろう。
縋りつく格好の双葉の首に噛みついて、白い肌に痕を付ける。自分のものだと言っているようなちゃちな夢想に案外自分はロマンチストだったのだと苦笑する。
耳朶に触れる熱い吐息に、理性が壊れるカウントダウン。
三秒から零に向かって一つ二つ。
「――……っ、」
気付けば、一人分の温もりしか感じられないベッドに寝ころび、清々しいほど晴れ渡った青空を窓の向こうに見ていた。
一瞬呆けて先刻までの出来事が夢だったのだと悟る。
我ながら、情けない。
だがしかしこれも人間の性であって、しょうがないことだと言えばそれまでだ。
持て余す欲求を一体どこへ向ければいいのか、既に空になっているベッドに思った。
恋する狼(牙はない)
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