薄暗くて、目を凝らさなければ相手の細部まで見ることの出来ないバーのカウンター。そこに座る男は自らが発光しているかのような、輝きを身に纏っていた。
「死神、か。」
「へえ、俺に用かい。」
誰にも聞かれていないと思っていた。所謂ひとりごと。しかしこの男は俺に向き直り、その青い瞳を三日月に変えた。
「ふうん、珍しいな。あんたみたいな堅そうな人間が、俺に用だなんて。」
「……目立つ男だ。」
くすくすと、女性のように口許に手を当てて笑う、死神。しかしそのような仕草も、違和感なく見えてしまうのはきっと死神の容姿のせいだろう。
「で、どうする?」
「どうする、とは。」
「おまえ、何も知らないで俺に声をかけたのか。」
切れ長の瞳を大きく見開いた死神は、驚いたような声音で俺を詰る。
「おまえが何をしているか、ということは知っている。」
「へえ、」
「だがそれをどうにかしたい利用したいと思ったわけではない。」
ばかだなあ、と風にさらわれまわりの喧騒の中に溶け落ちてしまいそうなくらい、ちいさな呟きだった。瞬間、引き寄せられたネクタイ。勢いはあったはずなのに柔らかく重ねられたくちびる。つい、と離れたそれはゆるく弧を描いていて。
「騙されてやるよ、だから」
はやく帰りな。
死神は表情を亡くしたようにそう言った。