許嫁塚♀跡
冬の空気は冷たいが、太陽の光は暖かい。窓から射し込む光が暖かくて、ちいさくあくびをこぼす。近くで同級生たちの声に耳を傾けていた。
父と母がすすめたから。そんな理由で入学したエスカレーター式のお嬢様学校。蝶よ花よで育てられた巻き髪の、香水くさい女の子たち。苦手。高い声は耳障り。今も、聞こえてくる話は下品で、不躾だ。
「みて、彼氏に買ってもらったの〜。」
「やだかわいい!いいなあペアリング!」
「憧れよねぇ、彼氏に買ってもらおっかな。」
ちらりと横目で盗み見た。センスの欠片もないゴテゴテした指輪。左手の薬指に輝くそれは色褪せて見える。こっそり見ていたつもりだったが、ばっちり目があった。わたしを見下すような目だった。
ふうと溜め息をつき、立ち上がる。そろそろ時間だ。さよなら、なんて澄まして手をふる。もちろん左手を。
驚愕に見開かれた目がおもしろくて、後ろ手に閉めたドアとこぼれる笑顔。
「何にやにやしてるの?」
「滝、」
「ね、一緒に帰ろう。」
ふわりと花が咲いたように笑う滝はかわいらしくて好き。他愛もない話をしながら帰路につく。家の前で、滝と別れた。
マンションのエントランスを抜けて部屋を目指す。国光さんはまだ帰ってないだろう。荷物をおいて着替えたら一度買い物に行こうだとか、今日は何を作ろうかだなんて考えていたらもう部屋の前。鍵が、あいていた。恐る恐るあけたドア、目線の先には見慣れた革靴。ドアが閉まるのと、わたしが駆け出すの、どちらが早かっただろうか。
「国光さんっ!」
「あ、ぶないから走るな。」
それでも飛び込んできたわたしをしっかり抱き留めてくれる国光さんが好き。いつものスーツじゃなくて、もっとラフな格好。肺いっぱいに国光さんのにおいを取り込む。しあわせだ。
「今日は甘えたな日か?」
「んー…まあな。クラスメイトに、遠回しにペアリングの自慢された。」
「……、」
抱き留めた腕に力が入った。別にわたし、気にしてないのに。なんなら倍返しくらいの爆弾を放ったのに。国光さんはやさしい。わたしの左手にはまるリング。国光さんの左手にはまるリング。シンプルなそれは、愛情表現が下手くそな国光さんの愛情の証。
あの子達がしてる安っぽいリングとは、思いが違うのよ。