「俺は、しあわせになりたい。」
合宿所の、ロビー。共用スペースではあるが案外人はいない。人目に晒されるこんなところは素通りして、自分の部屋に帰った方がリラックスできるのは火を見るより明らかで。でも何故か俺と跡部はここにいた。
跡部からしちゃ安っぽいだろうソファーも俺からしちゃ高級品。そんなソファーに座った跡部と、跡部の足の間に収まり、腰に手を回し腹に頭を預けた俺。必要以上の距離も、今の跡部には必要だった。
「おん、知っとる。」
「そうか、」
空気が笑った。細い、女みたいな指を俺の髪に絡めて遊ぶ。跡部の体温は少し低くて、冷え込んできた朝や夕方は寒そうな指先を気にすることなく練習に打ち込んでいた。
「さむい?」
「いや、…おまえがいるから、あったかい。」
「ほんならよかったぜよ。」
俺も体温は低い方だが跡部が暖かいと感じるならそれでいい。細すぎる腰に回した腕に力を込めて、もっと引っ付く。
空気と、跡部が笑った。柔らかく、暖かく。
「いてえよ、ばあか。」
「そんなんしらんもーん。」
くすくすと笑ってくしゃくしゃと髪をかき混ぜる。
跡部は、目を離したら消えてしまいそう。降り積もった雪みたいに消えてしまいそう。
そんなのは嫌だから、跡部の隣にいたいんだ。
たとえ俺の体温で跡部を溶かすことになろうとも。