「口内炎?」

「……ん。」

「えーごはんどうしよ、あんまり染みんやつがええよな…、」


いつもの帰り道。いつもだったらあれがどうだとかそれがなんだとか跡部が話し俺が相槌をうっているのが常なのだが、今日はいつもと立場が逆だった。よほど気になるのか痛いのか、跡部の眉間は深く寄り醸し出す空気は不機嫌そのもので。薬家にあったかなあと考えた。


「そんな痛いん?」

「………、」


家についても跡部のオーラが治るわけでも、口内炎が治るわけでもなかった。
じと、とソファーに沈んだ跡部が恨めしそうにこちらを見上げてくる。とうとう喋るのもいやになったのかと思いながら、跡部が座るソファーの後ろに回り込んだ。


「くち、あけて?」

「あ?」

「薬塗ったるし。」


大人しくあけられたくち。それらしきものは右側の、歯の噛み合わせの所と、舌の左側だった。


「二個もあるやん、そら痛いわ。何したんな、」

「右は、普通に噛んで、……左は知らない。」

「…口内炎はストレスでもできるんやであほ。」


ばつの悪そうに視線を泳がせる跡部に、気を紛らわそうとしたがだめだった。舐めたい。跡部の、くちの中にある異物。全く話そうとしない跡部に新鮮さも感じたんだろう、かわいいと。喋らなければ本当に、綺麗なお人形さんだ。

跡部の首に左手をまわし、おもいっきりこちらに引っ張った。


「お、しっンンっ!」

「ん、はあ、」


至近距離で揺れる跡部の青と目が合う。驚いた顔。ただ合わせるだけの子供みたいなキスから大人の甘いキスへ、下唇を噛んでから僅かにあいた隙間に舌を捩じ込んだ。


「んん!ンーッ、んふ、」


ぴちゃぴちゃとやらしい音と跡部の痛そうに呻く声が響いて聞こえる。逃げをうつ舌を絡めて、わざと口内炎のある左側を攻めたてる。俺のシャツを掴んだ手に力が込められた。皺が波のように寄る。
あまりにも痛いようで、一度くちを離してからまた口付けた。さっきよりも激しく、今度は右側も嬲るように。


「んッんッんッ、ふぅ、ぅむッ!」

「は、」

「は、ん…いた、ッ!」


血の味がした。甘噛み程度だったのに犬歯をたててしまったか。跡部のくちから引きずり出した舌を、右手で引っ張る。舌にある口内炎から血が滲み出していた。犬みたいに舌を出した姿、泣き顔、赤い頬。ぼろぼろこぼれ落ちる涙は赤い頬を幾筋も流れる。腹よりももっと下が熱く重く感じる。


「痛い?」

「いたひ…、」


跡部は痛がりだから、痛いことが嫌いだから、これ以上俺になにかをさせまいと涙を流す青い目と、従順に言うことを聞く本能。まったく煽ってくれる。


「ふうん、」


解放してくれるとでも思ったのだろう、俺もいつもの八割増しの笑顔を振り撒いたから。

でも、残念。

歯と歯がぶつかるまでの勢いで、跡部のくちに噛みついた。





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舐めたらなおるやんと

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