ピュグマリオン塚跡
女が、嫌いだった。高い声は耳に突き刺さりべたべたと触れる手やからだの一部はやわらかくて、気持ち悪い。髪を無意味に伸ばし、顔に厚く塗りたくなければ見られないような出来をしているイキモノなど、嫌いで、煩わしくて、穢らわしかった。
だから造った。俺の醜い欲と理想を全て注ぎ込んだ象牙の肌の愛しい恋人を。この美しい恋人の名は跡部景吾という。
動かない、話すこともない彼を、俺は自分の持てる愛情の全てを与え慈しみ愛した。
次第に彼が裸であることを恥じ、少しずつではあるが彼に似合うようにと、服を彫りこんだ。彼の美しい肌に傷をつけるのは痛ましかったが、いつまでも裸でいさせることには耐えられない。俺以外の男にも、女にも、その肌を晒すのは憎たらしかった。
象牙の恋人、彼を己の手で造り出してから、いつしか彼が本当に生きていたらと願い、錯覚した。彼は、生きている。
毎朝彼の為に働き、食事を作り、言葉を贈った。彼を自分の腕に抱いて眠ることは出来なかったが、毎晩眠る前に彼に愛を囁いた。明日、返事を貰うと必ず伝え漏らさずに、耳元で言葉を弾ませた。
それでも彼は象牙の肌のままだった。
自分が家を外しているときにもしも彼が目を覚ましたら。
自分が違う部屋にいるときにもしも彼が言葉を囁いたら。
自分が彼の前にいないときにもしも彼が俺の名を呼んだら。
そんな得体の知れぬ深い不安が頭を占めていき。次第に彼の前から動くことが出来なくなった。
あの瞳の色は海よりも深い宝石のような色。
あの髪の色は太陽に透けて輝く金のような色。
あの肌は象牙よりも透き通る白磁の陶器のような色。
そんな彼の色を考えているだけで楽しかった。時間だけが矢のように過ぎ去るが彼は息を止めたままだった。
自分でもわかる。随分息をするのが辛くなった、瞬きの回数が減った、痩せて骨と皮だけになった。それでも彼の前から離れたくなかった。
少しだけ、ほんの少しだけ瞼を下ろし、視界を遮断する時間が長かった。そう、彼をずっと、己の目に焼き付けておきたいからいつもはもっと瞬きの回数は多かった。しかし、今回だけは長かった。
暗い、真っ黒な筈の視界は、ちりちりと焼かれるように眩しい光が瞼を通して、目が痛い。
「よう、」
「け、いご…?」
あまりの光に瞼を持ち上げた。俺の頭の中の景吾の髪と同じ色が辺りを包み、窓に跳ね返り乱反射を繰り返すなか彼は慈愛を顔に浮かべていた。
「おまえを哀れに思った心優しき女神様が、俺に言葉を、光を贈ってくださった。」
「っ…、」
「泣くなよ、国光。おまえの嫌いな女に感謝するんだな。」
青い宝石のような瞳。金を弾いて輝く髪。白磁のような透き通る肌。全てが俺の欲と理想で、俺がいちばん愛しかったものだった。もうすべての水が枯れたと思っていたからだのどこから湧き出るのだろうか、泉のように涙が抑えきれず溢れる。
「けいご、けいご、愛している。」
「……いつも耳元で聞いていた。やっと、おまえに言葉を贈ってやれる。」
抱き締めたからだは暖かい。鼓動の音が耳に心地よい。いとしい。
「俺も、愛している。俺を造ってくれてありがとう。」
愛しさに押し潰されてしまうようだった。