10月某日、池袋、某公園

俺は生まれて初めて失恋をした。
それは想いを重ねた素晴らしいまでの片想いであり、しかしどうしようもなく背徳的なものでもあった。

「…大丈夫か?」
「…っス」

夏を過ぎた池袋の空は早くも秋空で、これはまるで自分の心を映したようだと俺はぼんやりポエムを胸にしたためる。
あれからあの髪の長い女(名前は忘れた)はすぐ帰ったようだが、臨也が俺に声をかけてくることはなかった。
トムさんから飲むといいと渡されたミルクセーキの缶は気付けば原型を留めていない。勿論手は中味でベタベタで、制服も汚れてしまっていたがもはや俺には何も感られじなかった。あるのはただ喪失感と、例えようのない胸の痛みだなんて。なんだこれ。

「……さみぃな」

隣でトムさんが缶コーヒーのプルタブを開ける。
どうやら今日も仕事らしい臨也が家を出たのを確認して、俺が漸く学校に来たのはさて何時のことだっただろうか。
そんな俺にまず声をかけてきたのががトムさんで良かったなと心底思う。それと同時に授業をサボってこうして俺を連れ出してくれたその気遣いに、今はただ目一杯甘えさせてもらうことにする。

「もう秋っすからね」
「1年本当早ぇよなぁ」

これはトムさんに指摘されて初めて気付いたことだが、俺の手は誰のとも言えない返り血で真っ赤に染まっていた。きっと来る途中に喧嘩を売られたのだろうが、如何せん記憶にない。どうやら無意識でそれに応戦してきてしまったらしいが、静かに暮らしているだけの俺に喧嘩を売る奴が悪いのだから気にすることはないと言ってくれたのは…ああダメだ苛つく。
今はもうアイツのことは思い出したくねぇのに。

「なぁ、静雄」

どれくらいそうしていただろう。
缶コーヒーを飲み終えたらしいトムさんがそれをベコリと凹ませた音にハッとしては俺は顔を上げる。

「気分転換してみちゃどうだ?」
「…気分転換、スか」
「おう、気分転換」

実のところ、俺はトムさんに何があったか一つも話していなかった。だってまさか言えるわけがない。
血が繋がってないとはいえ、義父に失恋しちまったんですだなんて口が裂けても言えるわけなんてなかったからだ。
それでなくても口にしてしまったら、もう引き返せないような気がするのだ。と言ってももう何も始まりようがないのだけれど。

「なんつーかさ、こう気分が塞いじまった時は気分転換が一番だべ?そうだな…うん、お前ホラ、髪の毛染めたらどうよ?金髪とか」
「…金髪」

それもいいかもっすね、なんて呟いて生温くなったミルクセーキを口に運ぼうとした瞬間だった。

「人んちの息子をこれ以上不良に仕立ててもらっちゃ困るなぁ」

「ん?」
「…ッな?!」

頭上から突如降りかかってきた声に俺はただただ目を見開く。
なぜならそこに居たのはいつものファーコートに身を包み、食えない笑顔でこちらを覗き込む仕事に向かった筈の臨也その人だったからだ。

「全く、こんな所でサボりとはいいご身分だねぇ」

見れば左頬には痛々しく湿布が貼られており、隠しているつもりなのか不審者よろしく臨也はフードを目深に被っている。

「あーっと…?」

いまいち事態を飲み込めない様子のトムさんに、俺が説明するより早く口を開いたのは臨也の方だった。
考えみれば俺は今まで臨也のことをトムさんに話したことがなかったかもしれない。

「いちをはじめましてかな?いつもシズちゃんがお世話になってます、シズちゃんの素敵で無敵なパパの折原臨也でーす」
「はぁ、どうも」

これ良かったら名刺ね、なんて渡す臨也に目を白黒させつつトムさんは頭を軽く下げた。
その横で俺はと言えばこんな時間にテメェこそ何してんだだとか、その頬はテメェで治療したのかだとか、そういやまだ殴ったこと謝ってねぇなだとか、グルグルと頭が回ってそれを上手く言葉にすることを出来ずにいるのだからどうしようもない。

「ほらシズちゃん、ぼさっとしてないで帰るよ?田中くんもシズちゃんに付き合ってくれてありがとね」
「え?あ、ああいえ」
「てめっ、ちょ、おい離せ!」

さぁいくよと言わんばかりに臨也に襟足を掴まれ悪態をつく俺に、トムさんはトムさんで戸惑いを隠せずにいるらしかった。そりゃ無理もない。
第一俺にこんなに若くて似ても似つかない父親がいたことは勿論、俺が言い淀んでいた間に交わした数分の会話で臨也の口から出た自分のフルネームをはじめ、出席番号やら誕生日やらサラリと言い当てる臨也にきっと気味悪さを覚えたのだろう。
俺でさえ気味が悪い。


「ほらシズちゃん、俺に何か言いたいことは?」

トムさんを残した公園が見えなくなった所で、臨也は漸くこちらを向いた。その瞳が些か愉快そうに歪められてるはきっと気のせいではない。

「…………殴って、悪、かった」
「はーい、よくできました」
「っおい!テメ頭を撫でるな!」
「ええーいいじゃない別に」

本当はあの女が好きなのかと聞きいてやりたかった。胸は未だに軋む。

「まぁ俺もシズちゃんが最後にって取っておいた苺を食べたりしてごめんね?」
「…おう」

臨也に不毛な気持ちを抱いてからもう何年経つのだろうか。もう諦めるべきなのだろうか、でも。
不毛と知りつつも頭の悪い俺は、あの女を消してさえしまえば臨也は誰のものにもならないのではないか、なんて非現実的かつ物騒な考えが頭を掠めるが出来るわけなんてない。

「仲直りの証に今日は俺が何か作ってあげるよ」
「………どうせフレンチトーストだろ」
「ご名答」

そういやトムさんに後でメールすべきかな、なんて呟く俺の横で、つまらなそうにする臨也が居たことに勿論俺は気付くことはなかった。





(20111006)

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -