パイプのベッドからむくりと起きて大きく伸びしたのと同時に、ガチャリとドアを施錠する音がした。

「やぁ、おかえりー」

見ればファーストフードの紙袋を片手に眉をひそめたこの安アパートの家主が立っている。そこから微かに香るファーストフード特有の臭いが二日酔いの胃にはどうにも不快極まりなかったが、とりあえずそれには気付かないふりをして俺はベッドから抜け出すともう一度大きく伸びてみせた。
背中がバキボキと鳴った気がする。うん、安物のベッドなだけはあって寝心地は最悪だ。

「とりあえず下着くらい穿いたらどうなんですか」

どうやら俺のおかえりは無視されてしまったようだ。自分の家だというのに、未だに玄関から中々上がろうとしない彼にたしなめられて初めて、俺は自分が全裸であることを思い出す。
サイドテーブルに置かれたデジタル時計に目をやれば、どうやら昼もとっくに過ぎて15時を回っていた。いつ寝たのかは定かではなかったが、随分と寝過ぎてまったのは間違いない。それはつまり、また今週も学校へ通うことなく週末を迎えてしまったことを意味したが、まぁだからといって単位を落としてしまう俺ではないので何も問題はないのだけど。

「ごめんごめん、あ、ついでに下着貸してもらえるかなぁ正臣くん」
「…アンタは一体俺を何だと思ってるんですかね」
「君の素敵で無敵な恋敵さん、とか?」
「それ…沙樹の前で言ったらアンタがガチホモ野郎だって大学のありとあらゆる掲示板に貼り出しますよ」
「おっとそれは困るなぁ」
「……うっぜ」

そうやってどうにも可愛らしいその顔を歪めながら、それでも新品らしい下着を投げ渡してくれるこの彼は紀田正臣くんといって、同じ大学の俺の後輩にあたる。
ガサゴソとテーブルに出されたハンバーガーはどうやらしっかり2人分用意してくれてるのだからこれはあれかな?俺がこういう類のものを好まないを確実にわかっててのことだよねぇ。

「いやいや俺は正臣くんを愛してるからさ?そんな正臣くんの恋路を邪魔する程俺だって野暮じゃあないよ」
「ソーデスカ」

このつれない態度がまた俺としてはグッとくるわけだが如何せん彼はノンケだった。残念なことに。

「だって俺が夢中なのは沙樹ちゃんじゃなくて君だからねぇ」
「ドン引きっす」
「…相変わらず素晴らしい即答っぷりだなぁ」

差し出されたハンバーガーに緩く首を振り俺は本日二度目の欠伸を噛み締めた。どうも昨日は飲み過ぎてしまったのかもしれない。二日酔いだなんて俺らしくもなかった。ましてやもう1年、いや2年は経とうとしているのに"あの日"の夢など見てしまうのだから。

(…あーヤメヤメ。これ考えるだけ意味ないし)

シャワーでも浴びて気分転換でもしよう俺はと腰を上げた。
折角の金曜日だ。そういうば今日は第二金曜なわけだし久々にクラブにでも行って―――

「"シズちゃん"」
「……………………ハ?」

しかしながらまるで思考でも読み取られたかのようなタイミングで発せられたその名前に目を見張れば、こちらを見ずにチーズバーガーをもそもそと口に運ぶ正臣くんがいた。あまりの突然の、そしてタイミング悪さに思わず言い淀む俺に気をよくしたのか正臣くんは首だけこちらへ向けるともう一度ゆっくりとその名前を口にした。

「"シズちゃん"ってアンタの一体何なんですか?」
「…知って、どうするんだい?」

冷静を装って返してはみるものの勿論内心穏やかじゃない。
なぜ、どうして、いつ、誰が、俺が?
あれから半ば避けるように―といっても元より引っ越すつもりだったのだけれど―口にしていないその名前にどうして俺が反応せずにいられただろう。

「別に?ただの好奇心です。アンタ昨日うちに押し掛けて来るなりずっと俺のこと"シズちゃんシズちゃん"ってしつこく呼ぶんで俺は誰と間違われてんのかなぁ、と思いまして」
「…………マジ?」
「超マジです」

そして非常に苦い顔で正臣くんは冷蔵庫を顎でしゃくった。

「しかも何が面倒だったってアンタわざわざホールケーキ買ってきて"シズちゃんお誕生日おめでとう!"ですよ?食えってうるさ過ぎて深夜に食いたくもない甘ったるいケーキ食わされた俺の気持ちわかります?」
「それは…迷惑をかけたね」
「…………」

いぶかしむ正臣くんの様子には気付いていたが俺はどうにかそれには気付かないフリをする。
なぜなら俺は知っていた。
カレンダーなど見なくてもわかっていた。
床に転がった、おそらく充電が切れてしまっているであろう俺の携帯の未送信フォルダには、去年同様送れなかったそれがまた一通増えた、つまりそういうことだ。

「シズちゃんはね、俺の幼馴染みだよ」

久しぶりに口にしたその名前に緊張しているだなんて昔の俺が知ったら何と言うんだろうか。

「…ケーキ、食べます?」
「もしかしてプリンも大量買いしてなかった?」
「はい、迷惑なくらいに」

やっぱりか―――なんて内心納得しながら自分の滑稽さに笑えてくる。
笑えるなぁ、実に笑える!

「俺ってその"シズちゃん"の話聞かせてもらう権利ありますよね?」
「おやぁ、正臣くんてばいつからそんなに俺に興味津々になっちゃったのかなぁ」
「臨也さんの数少ない地雷みたいなんでそりゃ興味だって湧きますよ」
「……君ってやっぱりイイ性格してるよ」

サイドテーブルに置かれたデジタル時計は確かに1月29日を表示していた。



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