「まったくシズちゃん、俺はこんなふしだらな子に君を育てた覚えはないよ?ちょーっと俺が家を空けたらこれだもんね。家をラブホ代わりにするなんて俺は悲しい!実に悲しいよ!」

目の前には大袈裟な動作で腕を振り、なんとも胡散臭い笑顔を貼り付けた臨也と、ガタガタと震え、それこそ今にも気絶しそうなクラスメイトが1人。
それもそうだ、誰だってナイフを喉元に突きつけられたらそうなるってもんだ。

「おい臨、」
「ああ…そして君!ダメだよまだだって君もシズちゃんも14歳…義務教育中だろう…?何も今から子作りに励むなんて日本の少子化を憂いてこんなことするにはまだ早い!さぁそのだらしなく開いた股を閉じて帰るんだ、さぁ早く!」
「おい、ちょっと、」
「ご…ごめ…なさ…」

俺の制止は耳に間違いなく入っているに違いない。けれど臨也は俺の方など見向きもせず、芝居がかった口調でなおもナイフをちらつかせてクラスメイトを急かし、見事に彼女を泣かせ怯えさせた。だからあれ程ついてくるなと俺は言ったのだ。

『私静雄くんのこときっと誰よりも好きだと思うの!』
『私静雄くんが人より力が強いってわかってるよ?でもそんなところも受け止めるから』
『お弁当、作ってきたんだよ?』
『一緒に帰り…たいな』
『おうちの人いないの?あ、じゃあ行って、みたいかも』

彼女と話すようになって1ヶ月は経っただろうか。
なにせ昔から口下手な俺は、積極的な彼女を上手くかわすことなど勿論出来ず、先輩のトムさんに相談してみれば可愛い子じゃねぇかと勧められて今日の今日まで我慢してきたのだからむしろ褒めてもらいたい。
そうして昨夜携帯に入った"明日帰る"のメールにかけてみたのだが、こうして上手いこと臨也と鉢合わせられたのだから"勘違い"をしたクラスメイトから解放されるのかと思うと彼女には悪いが口を緩ませずにはいられないというものだ。

きっとこの場を一刻も早く去りたくて慌てていたのだろう。彼女が忘れていった鞄を見つけた臨也は、まるで汚いもので触るかのようにその鞄をつまみ上げるとゴミ箱へと棄てた。と同時に先程浮かべていた胡散臭い笑顔より更に胡散臭いものになった笑顔を向けて臨也は漸く俺の方を見やがった。

「さぁーてシズちゃん?」
「……なんだよ」

遅ぇんだよ、クソが!なんてことは間違っても口になどしない。
そう、絶対に。
やれやれと首を臨也は横に振りながら、気に入っているらしいファーコートをソファーへ置くとそれこそ腰に手を当て仁王立ちで、俺の前へと立ちはだかった。

「まったくねぇ、父親としては君に彼女が出来るのは喜ばしいよ?でも手順ってものがあるでしょ、手順が。あとさっき俺のことまた呼び捨てにしようとしたね?言ったよね、パパって呼びなさいって」
「…誰が呼ぶか、クソノミ蟲」

ズイと出された顔が近い気がして、俺は思わず後ずさる。しかしその分臨也が間合いを詰めるのだから、あまり意味はなかった。

「う、わぁ…!それがどでかい仕事をひとつ終わらせて1ヶ月ぶりに帰宅した父親に言うこと?!ああ俺どこで教育間違っちゃったのかなぁ…悲しい…いや腹立たしい…」
「うぜぇ」

喚くだけ喚くと気も済んだのか、そのまま欠伸を噛みしめフラフラと自室へと臨也は去って行った。
臨也は昔から、例えば俺が何かを壊したり、誰かを怪我をさせたとしても今日のように喚くだけ喚くとあまり後には引き摺らない。
しかもこう言うのは悔しいが、臨也は見てくれだけは整っているので、大抵臨也が頭を下げれば先方は怒るどころかむしろ笑顔になるのだから世の中不公平だ。

俺はそこまで思い出してなんとなくムカついたが、ご丁寧にもお土産のプリンをいつの間にかテーブルに置いていってくれたので、プリンに免じて見逃してやることにする。
このプリンというのは街の小さな洋菓子店で売られているもので、俺が一度美味いとこぼしてから、臨也はこうして家を空けて帰る時は必ずその店でプリンを買ってきてくれた。置かれた箱を俺はそっと撫でる。
だってこれが俺に手に取って実感できる臨也の―――


「あー…そうだシズちゃん」
「っ…なんだよ?」

もういないものと思っていたので、その声に慌てて振り返れば、ひょこりとドアから顔だけ出した臨也は少しだけ嬉しそうな表情をしていた。なんだか気色悪い。

「あとでご飯食べに行こうよ。でもとりあえず寝たいから1時間したら起こして」
「あ?おお」

余程眠りたいらしい臨也はそれだけ言うとパタリとドアを閉めた。先程は気付かなかったが、いつにも増して白くなった臨也の顔には目の下に隈が出来て、少し痩せたようにすら見えた気がする。
正直な話、臨也がどんな職業をしているのかは俺にはよくわからない。
聞いても大抵ははぐらかされてしまうのだ。ただあまりよろしくないものなのだろう、というのは薄々気付いてはいる。
これはだいぶ前の話だが、臨也が複数持つ携帯のひとつが"ピザ屋"と確かに表示されていたので出てみれば、とても堅気とは思えない、それこそアンダーグラウンドな何かを"ピザ屋"が言い出すものだから慌てて携帯を切ったことがある。

そんな胡散臭い男ではあるが、孤児院で厄介者だった俺に父親になりたいと手を差し伸べてくれたのだから本人には死んでも言いたくないが感謝はしている。だがしかし、臨也と出会ってから7年、俺はまだ一度も臨也を親父と呼んだことがない。

そういえば皺になるな、とふとファーコートに目をやると同時に投げ出されたボストンバックに気が付いた。きっと洗濯物でも入っているんだろしたまには洗ってやるかと俺はボストンバックに手を伸ばす。
ちなみに臨也は俺に自分の私物に触ることは勿論、部屋に入ることも特に禁じていない。一度臨也の部屋のベッドに勝手に寝てみたが、特に怒られることもなく、ただ臨也はリビングのソファーで寝ていたのがなんとも寂しく…ってんなわけあるか俺マジ殺す!
とにかく、そういうわけで俺をおそらく信頼しているらしい臨也のボストンバックを俺は開けてた。なんの、躊躇もなく。
しかし俺は開けてしまったことを深く深く後悔することとなるだなんて、どうして予想出来ただろうか。

「…なんだ、これ」

それはどう見ても俺を模したらしい妙に完成度の高いぬいぐるみと、書類に紛れてピンク色をした分厚い表紙にシズちゃんメモリアル…ってお前。
しかもシャツにSってお前…さすがにこれは…ねぇよ…なんて俺が引いたのは当然の道理だった。


臨也と出会ってから7年、俺はまだ一度も臨也を親父と呼んだことがない。

その意味に臨也が気付くのは、さていつのことだろう。






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