2月14日も残すところ8時間あまりとなった。この日は世界各地でも男女の愛の誓いの日とされており、こと日本では女性が好意のある男性に対してチョコレートを送る日となっているが、ヨーロッパなどでは男性も女性も、花やケーキ、カードなど様々な贈り物を恋人や親しい人に贈る日でもある。そんなことを僕が静雄くんに話したのはさて何日前のことだっただろうか。

「やぁ門田くん」

見れば下駄箱の先で、鞄を2つ抱えて帰ろうとする律儀な男を見つけた。察するに余分に持つそれはきっと静雄くんの物だろう。
確かあれは昼休みも近付いた4限目のことだった。ガラスの割れる派手な音と、校庭に現れた見るからに柄の悪い他校生達。壁2つ離れた私の教室にまで聞こえた静雄くんの怒号を聞いて、なんだが妙に納得してしまったのはきっと私だけだろう。取り出した携帯のメールの送り先は勿論臨也だ。

【チョコレート、どうするの?】

常ならばバレンタインデーには大人しく授業に臨み、休み時間にも必ず教室へ留まる臨也が3限目になっても教室へ戻ってこず、そのまま3限と4限を繋ぐ休み時間に臨也にとチョコレートを持って来た女子生徒達から臨也へ渡しておいて欲しいと告げられ私の机がチョコレートの山と化したのは、臨也と出会って5年目にして初めてのことだった。間を開けずに返ってきた返信は期待通りのもので、私は嬉しくなってざわつく教室で鼻歌をひっそりと披露したのだが、誰もそれに気付く様子は勿論ない。

【君の愛しの運び屋にお願いするよ】

臨也に彼女がいいように使われているのは些か心外な気もしたが、これで今日はセルティと一緒に帰れると浮かれてしまうのは自然の摂理だ。チラリと見た窓の外では、人が空を舞っていた。


「静雄の奴結局戻らなかったんでな…どうせだし届けてやろうかと思って」

僕の視線に気付いたのか、苦笑しながら門田くんは教えてくれた。まぁ、興味もなければ全くもって予想通りだったわけだけど。

「なるほど、臨也もあれから帰ってきてなかったし…2人ともバレンタインだっていうのに飽きないねぇ」

ほら僕も、なんて臨也が持参してきたらしい紙袋を4つ、門田くんへと見せ微笑んでみせる。ちなみにこの場合、微笑んだのは手のかかる奴等だよねなんて意味では毛頭なく、数分後に現れるセルティを思ってのことであるが、どうやら門田くんは前者に受け取ってくれたらしい。

「その量…俺も一緒に持ってくか?」
「いやいや大丈夫、迎えがちゃんとくるからさ」
「そうか」

納得したらしい門田くんは、校門まで僕も行くからと言うとならばそこまででもとチョコレートの詰まった紙袋を半分ひょいと手に持ってくれた。なるほど、いつだったか臨也がドタチンの彼女になる人間はさぞや幸せだろう、と言っていたのはこういうことなのだろう。僕や臨也にはまずない他人に対する配慮だ。

「静雄は…この様子じゃあ無理だったかな」
「うん?」

肩を並べて歩きながら呟いた門田くんの顔を覗けば、しまったとでも言いたげに門田くんは眉を寄せる。

「あー…うん、ええとだな…」

どうやら無意識に呟いてしまったらしいそれはあまり他言したくない類のものだったらしい。いつもならば聞き流してしまうところであるが、"如何にも"楽しそうなその呟きを聞き流す程私はお人好しではなかった。

「静雄くんがどうかしたの?」
「あー…」

口も堅いときた門田くんはいよいよ彼氏にしたい男ランキング上位で間違いないだろう。といっても周りの比べるる男が人類愛を叫ぶ性格最低な男と、怒りの沸点が極端に低い怪力男だから1人勝ちは尚更なのだけど。

「もしかして静雄くん、今日誰かに告白でもするつもりだった、とか?」

とぼけた風に言ってはみたが、そうだとすれば仕込みは間違いなくこの私だろう。どうしたって話を反らす気のない私に観念したのか、門田くんは周りを確認すると、声を潜めて僕に耳打ちした。

「今朝相談されてな…バレンタインに男が告白するのはアリか、ってな」
「…あの静雄くんが、恋煩い」

まぁお前は静雄の幼馴染みらしいし口も堅そうだからな、なんて呟く門田くんを余所に、私は私で粗方予想はしていながらもその不似合いさに少し笑ってしまった。

「…ん?おや、臨也からだ」

途端に震えた携帯が臨也からの着信を告げる。

「は?チロルチョコ?」

そうして大変タイムリーに静雄くんの意中のお相手を不可抗力にも知り、それを門田くんに教えるべきか否か、私が躊躇するまであと3分。



Happy Valentine…!!





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