シャツや手の項にベタリと付いた何人もの知らない奴らの血が気持ち悪い。そしてついでに言えば随分と腹も減っている。

(ああ――なんだって俺は、今日も、)

見上げた空はすっかり夕暮れに染まっていた。確か俺は数時間前までは真面目に授業を(と言っても半分も内容は頭に入っていなかったが)受けていた筈で、窓から見た空はまだ青かった筈で、ついでに言えば昼飯には何を食べようかだとかを考えながら気を紛らわしていたのに、だ。

そういえば教室にいた筈の俺は、自分で言うのもあれだが浮かれていた。なにせこの忌々しい怪力が目覚めてからほぼ無縁になっていた"好意"を受け取ったのだからそりゃあ俺だって浮かれはするってもんだ。

『平和島、先輩…あのっ』

それは丁度2限目が終わって移動していた音楽室から教室へと帰ろうとしていた休み時間のことだった。頬を染めて声をかけてきた彼女は俺の1学年下で、こんな暴力まみれの俺を好きだと震える声で伝えてくれた。頭の悪い俺は、彼女の顔をどうにも思い出せなかったがどうやら前に絡まれていたところを俺が助けたのだという。

『気持ちはすげぇ…嬉しい。けど悪ぃ、俺アンタの気持ちには応えらんねぇ』

でもコレは貰っておく、なんておそらく手作りであろうその包みを受け取った時の、今にも泣き出しそうな彼女の顔は当分忘れられそうにない。こんな俺相手ではあるが、きっとあの告白はとても勇気のいるものだったのだろうと今の俺には痛い程わかるからだ。
なにせ俺ときたら、"そのせい"でここ数日満足に寝れず、昨日においてはほぼ寝ることすら出来なかったのだから笑ってしまう。お陰で授業中に突然外から飛んできた野球のボールが窓ガラスを突き破って俺の頭に直撃した時、始めは教師に小突かれたのかと誤解した程に頭は働いていなかった。ざわめく教室と、ポタリと側頭部から流れた血を認識して初めて校庭からあからさまに飛んできた何人もの俺を挑発する声が耳に入る。

―――――ブチリ

血管が切れるのと、俺が座っていた椅子を校庭にぶん投げたのは恐らく同時だったと思う。

『何を人に投げつけてやがるんだテメェらあああああああ』
『静雄…!!!』

たぶんあれは門田の静止する声だったのだろう。しかしその団体の後ろでこちらをそれはそれは楽しそうに(と言っても俺がいたのは2階の教室だったが確かに俺にはそうはっきり見えた)口を歪ませる臨也の姿を目で確認するや否や俺の全てのリミッターは易々と解除されたのは言うまでもなく、気付いた時には日も暮れてこの有り様だった。

(なんだってテメェはいつも…いつも…!!!!)

「シズちゃん真っ赤でキレイだねぇ?ハッピーバレンタイーン!」
「ああ?!何がハッピーなんだぁ?臨也くんよぉ…!!」

手近にあった角材を投げつけるもそれはあっさりとかわされる。そうして尚もナイフの切っ先をこちらへ向けて満足そうに口を歪ませる臨也と、その足元で呻く名前も知らない奴らがおそらく数は20は越えて転がっていた。
いつの間にか迷い込んだ(と言っても癪だがコイツに誘導されたのかもしれない)廃工場に射す西日が目に痛い。考えてみれば来神に入学して以来こうして絶えることなく臨也とは命懸けの追いかけっこはしてきたが、今日のようにあからさまに挑発されたのは随分と久しぶりなのではないだろうか。
つまりそれは―――――

「なぁ…臨也くんよぉ」

言いながら、おそらく原型は留めてないであろうソレを忍ばせた右ポケットへそろりと手を伸ばし臨也へと間合いを詰める。幸いなことに手で握ったソレはなんとか無事なようだ。

「嫌だなぁ、シズちゃんどうしたの?顔がこわーい」

口調こそおどけてはいるが、俺の動きを読みかねているらしく端々に緊張が垣間見えた。奴の全身の神経は今確実に全て俺に向けられている。それに気をよくして俺はまた一歩、臨也との間合いを詰めた。それに合わせて臨也が一歩後退る。

「…………見てただろ」
「…っ」

唐突に告げてみれば、面白いくらいに臨也が息を飲むのがわかった。しかしそれは本当に一瞬で、崩れかけた表情は見事に胸糞の悪い笑顔に掏り替わるものだから、一気に臨也まで間合いを詰めた俺はその胸ぐらを掴み上げる。実際そのまま地面に叩きつけてやりたくなったが、俺は深く息を吸うことでなんとかそれを我慢してみせた自分に拍手を送りたい。

「ああ、シズちゃんがチョコレートを貰うところ?」
「……そうだ」

さらりと何でもないように臨也は言ってみせた。
しかし俺は知っている。女子生徒から受け取りながらも感じた背中からの射るような視線はいっそ禍々しく、だから俺は浮かれていた。

「あ、なになにもしかして俺も誰かに愛されるんだぞ!なんて自慢したかったの?嫌だなぁ、シズちゃん君って本当に、」
「黙れ」

だって確かに俺は"好意"を受け取ったのだ、背中から。まるで背中が焼けるように禍々しい程の――"好意"を。

「ちょ、痛!なに、ひゅるんだよ!!」
「……黙れっつてんだろ!!!!!!」

心臓が脈打つそこに目掛けてナイフがグリグリと押し当てられているのはどうにもうざかったが、俺は確実に動揺しきっている臨也の胸ぐらから手を離すと瞬時にその鼻を摘まみ上げた。生理的なものからだろう、うっすらと涙ぐむその目を睨みながら俺は、銀紙を外すことなく今朝からポケットで温めていたソレを臨也の口へと放り込み、そしてそのまま思い切り殴りつけた。

「が…っは…!あ?チロル…チョコ?」

血と一緒に地面に吐き出す臨也を確認すると、確かに渡したぞと俺は内心ほくそ笑む。

「それ食ってさっさと死ね」
「は?なにこれ毒入り?」

背中を向けてカッコ悪いとは思ったが、ぽかんと間抜け面を晒す臨也をそのままに、知るかと一言唸って俺はその場を走り去った。
家までの道中今日が見事なまでの夕暮れで本当に良かったなと俺は思う。なにせ俺の顔は鏡を見ずともわかる程に赤く染まっているに違いないからだ。

学校には鞄も、女子生徒から貰ったチョコレートも置いたままではあるがそんなことはもうどうでも良かった。



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