シズちゃんの思考回路は実に単純で、しかしそれでいて俺の予想の遥かに斜め上をいってくださるので俺はシズちゃんが昔から苦手で嫌いで目障りだった。なので例えばこうして突然訪ねてくるシズちゃん等は本当に迷惑で死んで欲しくて堪らない。なぜって俺だってその金髪のバーテン服を視界に入れると非常に忌々しくて仕方ないのだ。何度この規格外な化け物に計画を邪魔されたことだろう。数えるのもアホらしい。
実を言えば、昨日までかかりきりだった仕事もどういうわけか途中からこのグラサン野郎が引っ掻き回してくれたお陰でいらぬ作業が増えてしまったのだから本当に死ねばいいと心底俺は思う。常ならばそんな誤算も愉しむ俺であったが、今回の依頼の取引相手は少々厄介な相手だっただけにそんな余裕は生まれもせず、是非シズちゃんには久々に趣味の悪い嫌がらせでもしてやろうと憤っていた矢先の再会は、俺の気分を素晴らしい速度で下降させた。

「…やぁ、シズちゃん。わざわざ新宿まで何の用かな?」

不眠不休で仕事を終えたばかりの疲れ切った身体に繰り返すようだがこのような彼からの突然の訪問は本当に迷惑なだけでしかなく、自然と舌打ちが漏れた。この男本当にタイミングが悪すぎる。

「…ちょっとテメェに確認したいことがあってなぁ」

こうして向こうから訪ねておきながら血管を浮き出させているのだから頭が悪い。そんなに苛立つなら大人しく池袋で標識でも振り回してりゃいいのだ。

「へぇ、そりゃ何かな?」

左手に持ったコンビニの袋を掴む手に力を込めつつ右手ポケットに入ったナイフを俺はそっと撫でた。数日ぶりに歩いた空の下で見るバーテン男はもはや死神にしか見えなかったが、俺はまだ死ぬわけにはいかない。さて何が飛んでくるかなと身構えるも、俺はその次に発せられたシズちゃんの一言に度肝を抜かれ、しばし言葉を失うこととなる。

「…テメェ、お、俺のこと、す、すすす好き、らしいな!」
「………………は?」

ナニナニゴメン全然意味ガワカラナイ。
間抜けに口を開けたままの俺の横をチリリンと自転車が通り過ぎた。
え…マジで?なに言ってくれちゃってんの?
全くもって予想の斜め上どころかこれじゃもうあれだトルネード。いやもう意味わかんない。意味わかんない意味わかんない意味わかんねえええええええ!!!

あまりの身に覚えのなさと意味のわからなさに言葉を失った俺をシズちゃんはどう受け取ったのか、なんて恐ろしくて考えられた筈もない。つーかおいちょっと何顔赤らめながら血管浮き出させてるなんてシズちゃん器用!じゃなくてだな!

「しょ、正直今この瞬間も俺はテメェを殺したくて仕方ねぇし…同じ空間で呼吸するのさえ苦痛で気持ち悪ぃ、が俺は成長した!!…だからなぁ」

ゆらり、と禍々しいオーラのようなモノがシズちゃんを包み込んでいるように俺は見えた。なに俺マジで殺されるの?マジで?
咄嗟に慌てて構えたナイフを持つ右手を捕まれ、うっかりと左手からコンビニの袋が落ちた。

「だから、なぁ!!俺はテメェを許せねぇし嫌いだが!まずは赤外線からだ!!!」
「…え、赤外線?なんで?」

そうして何故だが新宿の寒空の下、めでたく赤外線で互いのアドレス交換を果たすと俺はそのまま植え込みと投げ飛ばされた。…………ナニコレ。
どこぞの安いドラマの役者よろしく片手を上げて去って行くバーテン服をぼんやりと見ながら俺は思う。
コンビニもっかい行こう、と。
徹夜明けの朝日は非常に目に染みた。





「……なんなの、本当に」
「あぁ?!」

寝起きの頭にシズちゃんの声はよく響き、気分は実に最悪だ。あれから俺は自宅へ帰るとベッドまで向かう気力もなく、リビングにあるソファーの上でそれはもう泥のように眠った。シズちゃんとのわけのわからないやり取りを忘れたかったのも手伝ってか、その日はとてもよく眠れ、起きたのはほぼ24時間経ってのことだった。
デスクに置かれた優秀な秘書の嫌味と共に働けるようになったら連絡をしろという主旨のメモにはご丁寧にも日付があって、それはどうやら昨日のものだったと思われる。そうして二度寝でもしてやろうと眠りのまどろみの中にいた俺を邪魔するように携帯が突如震え出した。

「げ、」

ディスプレイに表示された今最も目にしたくない名前に速効で電源を落とし寝直そうとするもほどなくして、玄関のドアが吹き飛ぶ轟音で俺は漸く身体を起こし今に至る。

「テメェ…人が嫌々かけてやったっつーのに切るとはいい度胸だなぁ?そんなに俺に殺されてぇのか?臨也くんよぉ」

胸ぐらを捕まれ乱暴にそのまま床へと叩き付けられて、さすがに俺も苛立ち始めた。受け身こそ取ったものの、不自然な態勢で長時間寝ていた背中は悲鳴を上げている。

「……シズちゃんさぁ、」

だいたいお前こそ昨日からなんの?わざわざ新宿まで来やがって…!
そんな怒りを正にぶつけてやろうと睨み上げれば、予想に反して何故だが気まずそうに目線を泳がせて頬を掻いたりしているのシズちゃんがいるのだから意味がわからない。なにその反応、超キモチワルイ。

「あ、あー…その、テメェが極度の恥ずかしがり屋だっつーのは、その…聞いた。だから、ホラ、俺が…っだああああ!!!!まどろっこしい!!!!」

ドゴン!と音がして、自慢の皮張りのソファーに穴が開く。おいそれいくらしたかわかってんの?!なんて怒りよりもあれだ、今しがた耳にしたその言葉に俺はいよいよ眉を寄せた。だって今コイツなんて言った?俺が恥ずかしがり屋…だと?

しかしまたしても俺は、シズちゃんの一言に言葉を失い本格的に混乱を始めてしまう。

「さっさと俺に告っちまえよ!!!そしたらフってさっさと殺してやっからよぉ…!」
「はぁぁ?!!」

もはやシズちゃんが日本語を話しているのかすら疑わしい事態だった。
なんだそれ横暴過ぎんだろ!しかもフラれて殺されるってどんだけ?!

「黙って聞いてればなんなわけ?俺が君を好き??でもって恥ずかしがり屋??!あのねぇシズちゃん寝言なら寝てから言えよ!!!!俺にはもうさっぱりだ!帰れよ!でもって死ねよ!」

気付けば年甲斐もなく肩を怒らせて俺は叫んでいた。こんなに腹が立ったのはまだ高校生だった頃、俺を差し置いて新羅とドタチンとシズちゃんの3人で某有名テーマパークに行かれた時以来なんじゃないだろうか。

しかしそんな俺にシズちゃんは一瞬血管を浮き立たせるも、数秒後には哀れむような目付きで俺の両肩に怒りを抑えているのか小刻みに震える手を置いて深く深く溜め息なんて吐きやがるのだから気に入らない。

「……臨也くんよぉ、そういうのはもう終いにしろや。テメェのそれが照れ隠しだっつーのはこちとらお見通しなんだよ」
「照れてねぇよ!!!」
「…うそつけ。そうやって俺の前では素直になれなくて苦しんでいろんな奴に相談してんだろうが!!!!…ったく、こんな下らねぇことで新羅の野郎だけならともかく何勝手にトムさんにまで相談しやがってんだよ…」
「はああああああ?!」

こんなに腹の底から声を出す日がくるとは夢にも思わなかった。
しかし今のシズちゃんの一言で優秀な処理能力を持つ俺は漸く全てを把握する。
なるほどなるほど?
つまりこの単細胞の意味のわからなかった行動は全てあの眼鏡野郎のせいでほぼ間違いないらしい。なんだよ新羅、そんなに自殺願望があったなんて知らなかったなぁ!

「……ねぇシズちゃん、それ、新羅から、聞いたの?」

この際目の前の誤解を解くよりも、事の真相に重きを置いたことが裏目に出るとはこの時の俺は残念ながら気付けていなかった。

「…まぁ、な。テメェが俺に構われたい一心で嫌がらせしてるのも、聞いた」
「……へぇぇ」
「で、なんか、そんな事聞いたらテメェが…っくそ!!!俺は断じて同情なんかしてねぇからな!!意識もしてねぇ!!!」
「……おもいっきりしてんじゃん」



後日池袋の平和の為に人肌脱いだのだと力説する旧友に、自販機が投げられなくなった替わりに我が物顔で自宅に尋ねてくる化け物に心底憔悴する情報屋がいたとかいないとか。








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