おかしいなぁ
おかしいなぁ
おかしいなぁ

俺の大嫌いなシズちゃんは俺を憎んでて殺したくて堪らない筈で、俺の大嫌いなシズちゃんは俺を見れば血管を切らして大声をあげて俺を殺しにかかってくる筈なのに。
なのに、ねぇ?

「……す、捨てないで、捨てないで…くれ、いざ」
「うるさいよ」
「ッ、ぁ…ぁ…」

みっともなくシズちゃんの口から涎が垂れた。痕が付くこともなければなんの痛みも感じないくせにシズちゃんは俺に手を踏まれたというその事実に感じてしまったようだ。

気持ち悪い
気持ち悪い
気持ち悪い

これがあの池袋最強の喧嘩人形だなんて誰が想像出来ただろうね?少なくとも俺は認めない。絶対に認めたくない。

今日の取り引きは中々にいいものだったなと鼻唄交じりに家路に着いていた俺が、突如背後から近付いてきた変態に羽交い締めにされて路地裏へと引き摺り込まれてから、すでに小一時間が経っていた。尻を撫で回すその手を掴み死ねよと言った瞬間の嬉しそうな表情が不快で、気晴らしに靴を舐めろと言えばそれも嬉しそうに実行し出すのだから最悪だ。この靴気に入ってたのに捨てなきゃならないじゃないか。

「ねぇ…シズちゃん」
「ぁ…な、に…」

そうして恥も外聞もなく路地裏に這いつくばったままのシズちゃんの髪を掴んで上を向かせれば、その顔は期待に満ちており実に気色悪かった。嫌なものを見たと舌打ちをしてやれば更にシズちゃんの息遣いが上がるから始末が悪い。

「ねぇ、新宿には来ないでって俺言ったよね」
「ぁ……い、ぁ」

無表情のまま掴んだ髪を乱暴に揺すりながら言ってやれば、目に見えてシズちゃんが恍惚した顔で震えたのがわかり腹が立った。ああダメだ。こいつもうダメだ。死ねよ本当に。

「…ぁ…いざ…俺…」

ハァハァと汚ならしい息遣いに耐えきれずその手を離し、地面へみっともなく落ちた頭に足を乗せてやればそいつは嬉しそうにこちらに顔を捻り目を向ける。まるで一秒たりとも俺から目を離したくないとでもいうように。
これがあの平和島静雄だって?笑わせるなよ。俺はこんな男は知らない。だから見るな。俺を、そんな気持ちの悪い顔で、俺を、見るな。

「そんなにで俺に会いたかったの?シズちゃんって本当にさぁ…」

あまりの不快感に耐え兼ねて、こちらを見るなと踵で強く踏み締めてみたものの、それが嬉しかったのかデカい図体を惨めに震わせる様に心底呆れた俺は侮蔑を最大限に含めた笑顔で言ってやる。

「き も ち わ る い」
「ッ…!あ、いざ、いざや…!ぅぅ…」

みっともなく尚も口の端から涎を出してヨがるその顔に俺は心底呆れると同時に無駄なサービスをしてしまった自分を悔い舌打ちをした。何も悦ばせてやりたかったわけではなかった。断じて。だいたい言葉だけで快感を得られるなんてとんだ変態だ。この姿、いっそ動画にしてネットに流してやった方がいいんじゃないだろうか、なんてことを思うのは果たして何回目だろう。

「いざやぁ…っぁ、いざやぁ…」

気持ち悪い、本当に気持ち悪かった。沸き上がる苛立ちを抑えきれず、近くに転がったままになっていたサングラスを踏み潰してやるが俺の心は晴れない。変態はそれをぼんやりと眺めるだけだ。

つまらない
つまらない
つまらない

「ねぇシズちゃん、君俺とシたいんでしょ?俺の中にコレ、入れたいんでしょ?」

苛立ちを隠しもせず股間を足で蹴ってやれば、変態はこれでもかという位にそこを硬くし泣きそうになりながら頷く様が気持ち悪く、俺はその顔に唾を吐いた。

「でも残念、俺はねシズちゃん。こんな変態染みた君なんて興味もなければまして好きでもない。ねぇ、返して?俺の化け物返せよ」
「…俺、化け物…だろ?」

俺が大好きだったシズちゃんは、俺を殺そうとギラギラした目をしたあの化け物な筈だった。
それがこんな、罵られて蔑まれることに快感を感じる家畜になってしまった。
どうしてだ。俺はこんな腑抜けなんていらない。

いらない
いらない
いらない

俺のシズちゃん、俺に殺意を向けてくれていたシズちゃん。君を、俺は好きだった。

「いざやぁ…なぁ、いざやぁ…!」
「黙れよ」

足にすがる変態を今この場で殺せたらどんなに幸せだろう。従順に口を閉じたその顎を引き寄せ、俺はその唇にキスを落とす。黙る顔は俺の好きだった化け物の顔だから。

「目、治っちゃったんだね」

そっと瞼を撫でながら俺は思う。この前はナイフを目に突き立ててやったというのにこの恐るべき回復力はもはや人間レベルじゃない、と。いや化け物だとは重々承知していたけどね。それでも運が良ければ失明のひとつでもしてくれて、もう二度と現れることもないだろうと過ごしたこの二週間がぬか喜びに終わったのがひたすらに残念でならなかった。

「目障りだ、失せ、」
「い…やだ…」

泣き腫らすその不様な姿に嫌悪して俺が言葉を漏らしたのと、腹に衝撃を感じて意識を手放したのはどちらが先だったろう。





好きだとすがったのは間違いなく俺の方だった。無理矢理上に跨がって、既成事実を作ってやったのも俺だった。殴られるかとも思ったが始終シズちゃんはされるがままで、終わった時には俺も好きだ、なんて甘く囁いてきたっけね。
でもそんなシズちゃんが緩やかにこの変態へと変貌を遂げていくだなんてどうして想像出来ただろう。

「っ…」

目が醒めると俺は安っぽいベッドの上にいた。目の前には裸で汚ならしく自慰をする変態が一人。見れば俺の服は白濁がこびりついており、乾いている所もあることからすでに何度か射精したものとみえる。

「俺…臨也を殴っちまった…ぁ…だから、お仕置き、を…」

汚れた手を震わせながらこちらへ伸ばす様を他人事のようにぼんやりと俺は見ていたが、手が俺の頬に触れた途端吐き気がし、何故だかひどく泣きたくなった。

ねぇシズちゃん、君が緩やかに壊れたのは俺のせい、なんだろうか。

「お仕置き、ねぇ」

俺の両手は何やら後ろで一つに纏められて目の前には勃起した男だなんて、笑い話でしかない。


「じゃあとりあえず俺を殺してよ」


俺の愛した君がいない世界なんて、いらない。
けれど目の前の男はそれをどうやら嬉々として受け取ってくれたらしい。

「なら、今日から折原臨也をやめたら、いい」
「……ッ」

ゆっくりとした手つきで身体が抱き締められる。纏わりつくのはオスの匂いと、煙草の匂い。

「今日から、お前は、俺だけの、」






彼が死んだ日
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