30歳まで童貞を守り切ると魔法使いになれる。
それは単なる隠語であり、断じて事実などてはない筈だった。

「いいか、俺は晴れて魔法使いになったテメェの為にこうしてわざわざ下界まで降りてきてやったんだ。せいぜい感謝しやがれ」

俺も今年で気付けば27か…、などと感慨深く思いを馳せながら年越しを自室でわざわざ取り寄せた自分の生まれ年と同じ27年モノのワインをひとり楽しんでいたところに(決して俺は寂しくなどない)突如現れたバーテン男は自分は妖精だと言い切った。つけたままのテレビでは、歌合戦が佳境を迎えている。
無論俺は音もなく現れた変態に110番をしようと携帯を取り出したもののコンマ1秒の速さで携帯を奪われ、それはまるでアルミ缶のごとく握り潰されてしまったのだからこの変態、侮れない。なんだこの怪力野郎マジやべぇ。

「とりあえずプリンかシュークリーム寄越せよ」
「…………お引き取り、願えるかな?」

そいつは妖精と呼ぶには随分と可愛くない出で立ちでいらっしゃった。
俺よりおよそ高い身長に、金髪にサングラス。そして何故かバーテン服。
こんなのを妖精と呼ぶなら天使はあれか?スキンヘッドに燕尾服か?

「だいたいさ、なんで俺が魔法使いなわけ?俺はただのファイナンシャルプランナーなんですけど」
「ん?おお確かにな」

喚く俺を横目に自称妖精はおざなりに返事をし、あろうことか胸ポケットから煙草を取り出し、慣れた手つきで火を着けた。しかし火を着ける際にさも当たり前のように人差し指から火を出した辺り、やはりコイツは妖精…いやマジシャンなんだろうか。畜生意味がわかんねぇ!
などと困惑する俺にそいつは妖精に似つかわしくなく、凶悪とも呼べる笑みを浮かべなんの遠慮もなく言い放った。

「だってお前童貞だろ」

―――――童貞。
その言葉が俺の胸に深く深く突き刺さる。と同時に俺はひどく混乱した。
なぜコイツがこの俺の、表の顔はファイナンシャルプランナーしかしその実態は素敵で無敵な永遠の21歳情報屋折原臨也のトップシークレットを知ってやがる?!
どこから漏れた??!

「お前見てくれは悪くねぇのになぁ。ま、お前みたいのがいてくれるから俺らも存在出来んだけどな」

俺の様子などまるで興味のならしい自称妖精は、しかし下界は空気がまずいぜと煙りを吐き出すとテーブルの上に俺がワインのつまみにと、こちらもわざわざ取り寄せたデンマーク産の高級チーズを乗せたクラッカーを我が物顔で頬張りだした。
畜生、それ取り寄せるのすごく苦労したんだぞ…!
いや大事なのはそこではなく、

「それを言うなら俺はまだ26だ!数ヶ月すれば27だけど!」
「あ?やっべフライングしちまったか」

『あけまして、おめでとうございまーす!!』

なんという素晴らしいタイミングだろうか。
気付けば年は明けてしまったようで、白熱した歌合戦から画面は全国の年明け模様を映し出していた。
やらかした…俺としたことが年越し蕎麦が…!
いやそうじゃない、そうじゃなくて、

「なぁ、蕎麦食わなかったみたいだけど良かったのか?」
「お前のせいだろ!!!」

柄にもなく声を荒げながら俺は思う。この妖精、随分と俗物くさくありゃしないか。



※※※



俺がこの歳まで童貞だったのは何も不能なわけでも、彼女が出来なかったからでもない。

「だって気持ち悪いじゃないか」
「…そうか?」

ズズッ、
年越し蕎麦ならぬ年明け蕎麦を自称妖精(俺は妖精だなんて認めない、というかこんな妖精は嫌だ)は豪快にすすった。わざわざ2人分出してしまった辺り、俺は未だに混乱状態から抜けきれないでいるらしい。

「今まで何人もの女性と付き合ってはきたけど、いざセックスとなると食指が働かなかったんだ…どういうわけか」

話しながら俺もズズリと蕎麦をすすった。
なぜ新年早々に得体の知れないバーテン男にこんなことを話しているんだと泣きたくなったのはきっと気のせいじゃない。

「じゃあお前男専門なんじゃねぇか?」
「…………試したよ」
「…………そうか」

途端気まずい空気が場に流れる。
そう、女性の裸体というものがどうも気持ち悪く苦手であり、ならばと男を抱いてみようとするも、それは女性以上に気分を害するものだった。以来恋人を作ることすら億劫になりこの歳まできてしまったのだ。

「で?君は間違えて俺のところへ来てしまったんだろ?だったらその蕎麦食べたらさっさと帰りなよ」
「断る」
「はぁ?」

ごちそうさまでしたと律儀に手を合わせた自称妖精は不敵に笑うと胸ポケットから煙草をまた取り出す。さっきも思ったことだが仮にこいつが妖精であるとして、妖精が喫煙するっていうのはどうなんだ。

「3年経ったらどうせくることになんだから別に今から居たって別に構わねぇだろ」

コイツ人が親切に(と言っても蕎麦を出してやっただけだが)してやったのに何を言いやがった?

「俺が構うよ!!!!」

こうして、俺の波乱の年は幕を開けることとなる。
童貞を捨てれば綺麗さっぱり消えていなくなるというその妖精と、俺の奇妙な同居生活がそこから何年続いたのかは皆さんのご想像にお任せしよう。



「………ちなみに魔法使いってことは俺は魔法を使えたりするわけ?」
「あ?俺が魔法使えるから頼めるってことだな」
「なにそれ微妙すぎでしょ…」



バーテン、童貞、年越しにて

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