AM11:53
率直に言うと仙台のクリスマスイブは宿こそはいい所へ泊まれたが、さすが北国とも言うべきか実に寒かった。
何も考えずに軽装で来てしまったことは大いなる失敗であり、着くなり俺はダウンジャケットやらマフラーやら防寒具を一式揃える羽目になったのは言うまでもない。
その上俺としたことがプライベート用ならまだしも、ビジネス用の携帯電話を家に置いてくる、という失態を犯してしまっていた。

「今日も丸々居たかったんだけどねぇ…」

誰へともなく呟き俺は窓の外に目をやり溜め息をつく。
まぁ24日25日と丸々シズちゃんと過ごすつもりでいたし、(あ、ここ笑うところね)必要な仕事はだいたい終わらせてはあるのだがやはりどこから連絡がくるかはわからない。
反吐が出るような仕事だとは常々自分でも思っているがしかしそれでもその道のプロとして、クライアントと連絡がつかないという事態は避けたかった。

「お仕事ですか?大変ですねぇ」
「……ええ、まぁ」

面倒だったので結局帰りもタクシーを捕まえたわけだが、どうしてこうもタクシーの運転手というのは無駄に話しかけてくる生き物なのだろう。
眠くもなかったのでおざなりに返事をし、俺はまた窓の外へと視線を向けた。
考えるのは悔しいかな、やはりシズちゃんのことばかりなのだから俺も大概だ。

折原臨也ともあろう者がこうしてひとりの人間、(いやシズちゃんは人間ではなく化け物だが)とにかくひとりの男に執着してしまうなんて本当に馬鹿げているというは自分が1番わかっている。今回のこの突発的な1人旅は確実に失恋慰安旅行の意味を成し、そう簡単に気持ちに踏ん切りなどつくわけもなかったがとりあえずの結論としてシズちゃんを徹底的に貶めこれ以上ない程に彼に憎まれよう、という方向で自分の中で決着を着けた。

どうせこのままダラダラと関係を続けたところで俺とシズちゃんの仲に進展があるとは到底思えなかったし、そもそもいつシズちゃんに好きな人でも出来て関係を終らせられるかわからないというこの事実。
ならば自分から関係を終らせることが俺なりのプライドであり、彼の中での"1番"としてその心に存在するには憎まれることがやはり俺には向いていると結論付けた結果である。

そうして俺は、さてどんな方法で貶めてやろうと東京までの長い道のりを策略を巡らすことに時間を費やしながらも、そんな方法でしか彼の中に介入出来ない自分に虚しくなったのには俺は気付かないふりをした。


PM18:59
「……………遅ェ」

俺は忌々しげに時計を睨みつけた。
すでに灰皿は吸い殻で溢れており、それを見ながら同時に煙草を吸わないアイツがこうして部屋に灰皿を常備しているのもやはり俺の為なのだろうかと思い胸を熱くする。

臨也の家に俺が訪ねて来たのは昨晩のことだった。
考えてみればアポなしで来たのはこれが始めてかもしれない。

いるとばかり思っていた家主はどういうわけか居らず、かわりに荒らされたとしか言えない室内の惨状に俺が目を疑ったのは言うまでもなかった。
普段ならば整然としている室内がこうも切り刻まれたようになっていればさすがの俺でも驚くというものだ。

遂に敵襲にでもあったのだろうかと注意深く部屋を歩きながら、ふと散乱した羽毛と一緒に倒れたごみ箱からこの状況に似つかわしくないきらびやかな包み紙を見つけ、俺は目を疑うこととなる。

まさかと乱暴に開けたそれにはしっかりとメッセージカードが添えられており、俺はあまりの事態に目を白黒させ、しかしそのまさかという思いが核心に変わったのは無駄にでかい冷蔵庫を開けて目にした手作りと思われるバケツサイズのプリンであったり、コンロの上に置かれたままの鍋であったり、極めつけは台所に散乱する数冊の料理本であった。

まさか。
まさかマジか。
嘘だろ、マジで。

もしかしなくても臨也は俺と、本当に一緒に過ごしたかったのではないのだろうか。

『ンでわざわざクリスマスにテメェなんざと会わなきゃいけねーんだよ』

あの時俺はなんてことを言ってしまったのだろう。
しかし俺にだって言い分はある。
相手は何せあの折原臨也だ。
どうして俺が本音を言えたんだ――あ?本音?

そこから俺は一晩かけて嫌悪なく臨也を抱いてきたそのわけを、メールや電話を無視出来ないそのわけを、今まで目を背けてきたそのわけを、ひとり静かに考えたのだ。ひたすらに。



PM19:29
「え」
「ああ?」

目の前に広がる信じ難い光景に俺は波江さんにと買ってきた牛タンセットをばさりと盛大に落とした。
なぜ、玄関に、シズちゃんが、仁王立ちして、いらっしゃるの?

いやいやいやいや
ナニコナニソレ
なんでなんでなんでなんで
いやいやいやいや

「うべぇ!」
「おっせーんだよ、この糞ノミ蟲!」

次の瞬間視界いっぱいに広がる黒に、俺はシズちゃんに抱きすくめられたらしいことを気をだいぶ動転させながら理解する。

「ええ?!ハァ??!いでででで!!!!!」

あまりの展開にさすがの俺の優秀な頭も事態を飲み込めない。
なんだこれ?!つか何事?!
ただ確かにわかるのはシズちゃんが尋常でない力加減で抱き締めてくるものだから俺の背骨が何本か逝きそうという喜ばしくない事実だけだった。

「し、シズちゃんマジでギブ!ギブギブギブ!」
「あ、悪ィ」

見ればシズちゃんの頬が心なし赤い。
というか

「シズちゃん仕事は?ていうか予定は?」
「仕事は休みだ。あと予定は…蹴った」
「あ、そう、なんだ」

心臓が早鐘のように鳴っているのが自分でもわかる。
だってシズちゃん、君が口の回りに付けたままのプリンに、その当たり前のように左腕につけている時計ってもしかしなくても―――――

「…………なんでテメェはいつも肝心なことは言ねぇんだ、バカ」
「嫌だなぁシズちゃん、察してもらいたい乙女心ってやつだよ」
「ンだそれ気持ち悪ィ」



こうしてクリスマスが記念日へと変わったことは今年1番のシュールになった。



fin


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