しかしそれからだいぶ経って、思いがけなく機会は巡ってきた。

「おい…今、いいか」
「、え」

なんと俺の存在を無視し続けてきたあのシズちゃんが自ら訪ねて来たのである。
それは卒業式を明後日に控えた昼下がりのことだった。
人知れずぼんやりスルメなんかをかじっていた俺はベランダに突如現れたシズちゃんに内心多いに慌て、目を疑った。

「邪魔すんぞ」
「あー…ドウゾー」

思い返してみるとこうしてまともにシズちゃんと話すのは数ヶ月ぶりなんじゃないだろうか。
そう気付くと妙に緊張してまい、それをシズちゃんに悟られないよう俺は慌てて笑顔を貼り付けた。
ポーカーフェイスは得意な筈なのに、不自然にな笑顔になっていないか気が気でなかったのは言うまでもない。

「…お前、引っ越すのか?」

部屋に入るなりぽつりとシズちゃんは言った。
引っ越しは今月末にはするつもりで、俺の部屋は今現在大量の段ボール箱で溢れ返っている。
男のくせに荷物が多すぎると妹達に揶揄されたがやっぱり多すぎるだろうか。
まぁ荷物の多さに男も女も関係ないと思うんだけど。

「うん、大学ここから遠いし。てか前に言わなかったっけ?」
「……………覚えてねぇ」

俺はそそくさとスルメを引き出しへとぶち込み、さてかつての俺はどんな顔でシズちゃんと話していただろうかと懸命に考えた。
しかし思いの外思い出すのは困難なのだから笑ってしまう。

「はは、だろうね。なんか気付いたら段ボールの量こんなになっちゃってさ」

自分で言いながらそういえばシズちゃんはどこの大学へ進学したのだろうとふと思う。
俺はかなり早い段階で推薦が決まっていたのだが、シズちゃんは確か普通受験だった筈だ。
しかしそれを聞く言葉が中々出てこない。
これは久々にするシズちゃんとの会話に緊張するにも程がある。

「えーっと、シズちゃんはココアでいいかな」

そんな緊張を紛らわそうと飲み物でも取ってこようと立ち上がるが、シズちゃんに腕をむんずと掴まれそれを阻まれた。
予期せぬ事態に自分の顔がひきつるのがわかる。

「どこ、いく気だ」
「あー…飲み物でも取ってこようかなぁと」
「いらねぇ」

いやそこは貰っとけよ!と内心叫ぶもシズちゃんは知る由もない。
そうしてそのまま強引にベッドへと座らされた。
なにこれ強制?
意味のわからなさと嫌な緊張に俺はおずおずとシズちゃんを見上げる。

「あのー?」
「……………」

見ればシズちゃんが俺の前へと口をへの字にして立ちはだかっていた。
要は俺がベッドに座りシズちゃんを見上げるというシチュエーションだ。
正直すごく、気まずい。
だってこの体勢は例のシズちゃんに見られてしまったあの日とまるかぶりなのだ。
まぁあの時立っていたのは俺で、ベッドに座っていたのは後輩だったのだけど。
そういえばあの子とは結局妙に俺が冷めてしまい早々に別れてしまった。
今となれば勿体ないことをしてしまったなと思うのだがタイミングが悪かったのだから仕方ない。

なんてぼんやり考えていると、黙ったまま立っていていたシズちゃんが漸く口を開いた。
腕が依然として掴まれたままなのが非常に気になるのだがこれは我慢すべきなんだろう。

「お前、さ」
「俺ゲイなんだよね」

先手必勝とばかりに俺は言った。
正直シズちゃんが何を言いかけたのかさっぱりだったが、多かれ少なかれそういう話になるのは目に見えている。
ならば俺から言ってしまえばいい、そう思った。

「前の時は驚かせて悪かったよ。ごめんね?黙ってたけど俺ね、同性愛者なんだ」
「………………」

沈黙がこんなにも重苦しいと思ったのは生まれて初めてなんじゃないだろうか。
言ってみたはいいものの、流石にシズちゃんの顔を見る自信などなく俺は俯いた。
ああやっぱり言うんじゃなかったかな。
いやでも見られてしまった以上言わなきゃダメだった。
本当はずっと隠していくつもりだったけど。

「………そうか」

静かに、シズちゃんは呟いた。
なんだろうなぁこれは。
なんで悪いことをしたみたいに気まずいんだろうね。

「俺のこと、そういう…対象で見てたり、した、のか」

シズちゃんの言葉は実に曖昧だった。

「それは…恋愛対象ってことかな?」

とは言ってもシズちゃんが何を言わんとしているのかわからないような俺ではない。
いやはやしかしそうくるとは。
そっと視線を上げるとシズちゃんが小さく頷いたのを確認し、俺は言葉を続けた。

「実際のところシズちゃんをそういう対象で見たことはなかったんだよね、不思議と」

俺の言葉に嘘はなかった。
でもまさか初恋が君の弟くんだったんだよなんて言ったらそれこそアウトなのは間違いない。
まぁ自分の中でも趣味というか嗜好?っていうのかな。
色々と変わって弟くんのことは今では別段好きという感情は特にない。
憧れ?みたいな感じにたぶん近いんだと思う。

「……そう、か」

返事をするシズちゃんはどうやら納得はしているようだった。
シズちゃんは昔から俺の嘘を見抜くのに長けている。
しかしどうも表情が浮かないように見えるのは、やはり同性愛というものに嫌悪があるからなのだろう。
それが普通の感覚ってものだ。

「まぁ正直言われたって気持ち悪いっていのはよくわかるよ。でも、」

わかって欲しい?
友達をやめないで欲しい?どう続けたいのか自分で自分がよくわからない。
でもきっと、そんなことを俺が言えば根は優しいシズちゃんのことだ。
無理したってそうしてくれるのだろう。
ならば、俺がここで言うべきは――

「無理して俺の友達でいることは、ないよ?」
「…!」

あんなに元の関係に戻りたいと思っていたくせに、気付けば口が勝手に動いていた。
その時どうして俺はシズちゃんがあの日から今日までどんなことを考え、そして何を言いにここへ来てくれたのか考えなかったのだろう。

「せっかく来てくれて悪いけど、俺、今忙しいんだ…」
「おい…臨也?」

自分でも声が震ていえるのがわかった。
ああ俺カッコ悪い。実にカッコ悪い。

「出てってくれるかな?」

俺の顔は最低だったに違いない。





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